不動産法律判例一覧(その4)
相談・相続・建築・その他
01.遺言執行者の登記手続義務
  • 古くからの友人のAに頼まれて公正証書遺言の遺言執行者になりました。遺言の内容は、Aが所有する全ての不動産を長男に相続させるというものでした。Aが死亡し、私としてはどうしたらよいかわからずにいたところ、一番下の息子が法定相続登記を行ない、不動産は長男ら5人の兄弟の共有名義になってしまいました。長男は納得できないとして、私が遺言執行者としてただちに長男名義の登記手続をしなかったため、このようなことになってしまったので、私を訴えると言っています。私には、ただちに遺言執行をして移転登記手続をする義務があったのでしょうか?
  • 遺言執行者とは、遺言の内容を実現させるために一定の行為を必要とする場合、それを行なう職務、権限をもつ者をいいます。遺言執行者は、相続人の代理人とみなされ、遺言の執行に必要な一切の行為をすることができます。遺言執行者には、さまざまな法律上の問題にかかわることになりますので、弁護士がなるのが望ましいのですが、実際には、友人、知人、親戚といった方が指定されているケースが多く、これらの方々は法律的に素人であることから、遺言執行者に課されている法的義務を怠り、問題になることがあります。
    本件のような遺言の解釈につき最高判平3・4・19は、特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきであり特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されると判示しています。
    さてそこでこのような遺言の遺言執行者の職務内容につきどのように考えるべきでしょうか。遺言執行者は移転登記手続をする義務があるのか否か、疑問の尽きないところです。
  • 判決内容

    近時、最高判平 7・1・24はこの点につき次の通り判示しました。「本件遺言は、本件各不動産を相続人である上告人に相続させる旨の遺言であり、本件遺言により、上告人はAの死亡の時に相続により本件各不動産の所有権を取得したものというべきである。そして、特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる旨の遺言により、甲が被相続人の死亡とともに相続により当該不動産の所有権を取得した場合には、甲が単独でその旨の所有権移転登記手続をすることができ、遺言執行者は、遺言の執行として右の登記手続をする義務を負うものではない。」登記手続をする義務は否定されましたのでご安心下さい。

02.出来形部分の所有権が注文者に帰属するとの特約
  • 私は、所有地に居宅を建築することをA社に3000万円で請負わせたところ、A社はこの工事を私に内緒で一括してB社に下請けさせ、B社が材料を提供して工事が進みました。ところが、A社が倒産したため、私は契約を解除し、工事は屋根、外壁が未完成のまま25パーセント程度のところで中止されました。なお、A社との請負契約書には、注文者は工事中契約を解除することができ、その場合の工事の出来形部分は注文者の所有とするとの約定があります。B社は工事出来形部分の代金をもらっていない以上、その所有権は自社にあると主張していますが、正しいのでしょうか?
  • 建設請負工事の完成建物の所有権の帰属について判例は、材料をだれが提供したかによって分け注文者が材料の全部又は主要部分を提供した場合には注文者に、請負人がこれらを提供した場合は請負人に帰属し、引渡しによって注文者に所有権が移転する。下請負人がいる場合も同様であり注文者と請負人の間に特約があればそれによると従来解釈してきました。
    では、まだ建物とはいえない工事出来形部分の所有権についてはどのように考えたらよいか、特約ある場合の解釈について、近時最高判平5・10・19は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「建物建築工事請負契約において、注文者と元請負人との間に、契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合に、当該契約が中途で解除されたときは、元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、当該出来形部分の所有権は注文者に帰属すると解するのが相当である。けだし、建物建築工事を元請負人から一括下請負の形で請け負う下請契約は、その性質上元請契約の存在及び内容を前提とし、元請負人の債務を履行することを目的とするものであるから、下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、注文者のためにする建物建築工事に関して、元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはないからである。」
    元請負人が倒産することにより、注文者と下請負人の利害が激しく対立することになります。建物建築工事について、完成建物についての所有権は原則的に請負人に帰属するとの従来の考え方に対し、材料を提供したのが請負人であっても原始的に注文者に帰属するとの注文者帰属説が近時、有力になりつつあります。下請業者にとってはきびしい時代の始まりなのかもしれません。

03.建設業者による鍵の保管と留置権
  • 当社は分譲マンションを建築したのですが、施主から約定通りの請負代金の受領が出来なかったので、マンション各室の各3本の鍵の交付を受けて各室を留置することにしました。施主の方でお客さんを案内するため必要だということで、鍵のうち各1本を渡しておいたところ、施主はこれを宅建業者に渡し、一般客に1室を販売してしまいました。客はすでに入居しているのですが、当社としては留置権を主張し占有回収の訴訟を提起しようと思うのですが、認められますか?
  • 建設業者は、鍵を保管するという方法によって建物を留置するケースがよく見られます。本件の場合、鍵の一本を施主に貸与したことにより、売買契約、入居という事態にまでなってしまいました。建築業者の留置権はどうなるのでしょうか?
    類似の事例につき東京高判平14・2・5は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「控訴人は、従前、本件各室の鍵の全部を保有することによって、本件各室の占有を独占していたところ、○○を信頼し、本件各室の鍵の各1本を交付してしまったことによって、本件各室に対する独占的な占有を失ったといわなくてはならない。もし、1本の鍵を引渡す相手方が控訴人が直接選任した不動産仲介業者であれば、仲介業者が鍵を所有することによって間接的に控訴人がその鍵を支配していると考えられるので、3本の鍵は全て控訴人の支配下にあり、したがって本件各室の独占的な占有はなお控訴人のもとにあるといえよう。
    しかし、本件では一本の鍵は、留置権を主張する当の相手方である注文者の○○に渡されたのである。控訴人と○○の間には、契約期間、あるいは信頼関係があったであろうが、留置権で確保しようとする利害においては、対立関係にある。そのことの重要性をまず指摘しなければならない。そして、留置権は、当該物の留置ができることをその本体的効力とするものであって、占有がその成立要件であるとともに、存続要件でもある(民法302条)。
    本件契約に基づいて控訴人が取得した留置権も、対象財産の占有を存続することによってのみ意味を持つものである。本件各室の現実の占有情況からすると、本件各室の各一本の鍵が○○に交付された後、本件各室の現実の占有者はもっぱら○○ないし××であるかのような観を呈していたものと思われる。
    被控訴人らはこの外観を信頼して取引関係に入ったのである。結局、控訴人は、本件各室の各一本の鍵を○○に交付することによって、本件各室に対する独占的な地位を自ら放棄し、鍵を占有することによってのみ守り得た権利を失ったというべきである。すなわち、控訴人が○○に鍵1本を交付したことによって、上記の留置権は対外的な効力を失ったと解するのが相当である。」
    結局、建設業者の行った占有回収請求は信義則に反し許されないと判断されました。

04.温泉の堀さく工事の履行
  • 当社はさく井業を営んでいますが、温泉開発を企画していたA社から温泉井の掘さくと付帯工事を受注し施工しました。地下水がゆう出し、温泉との分析結果が得られたのに質、量ともに不満であるとのことで A社は請負代金を払ってくれません。なお、見積書を渡したのみで、契約書は作成しておりません。A社の言い分は正しいのでしょうか。
  • 温泉ブームに乗って、日本中いたるところで温泉の掘さく工事が行われています。その多くは、契約書を取りなすことなく、あるいはゆう出する温泉の質、量について明確に定めることなく工事が進められている様です。そこからご質問のようなトラブルが発生することになります。
    近時、類似のケースにつき、東京地判平 8・11・26は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「温泉は、地下深部に貯留する水資源を利用するものであるが、現代の科学水準では、地下からの各種検査、試くつ等によっても、地下深部の地質構造を完全に把握、解析することはできないから、温泉開発においては、温泉源の存否、仮にこれが存在するとしても、その温度、水質及びゆう出量を事前に探知、予測することは、きわめて困難であり、当初期待していた成果が得られない可能性を払拭できない。
    すなわち、温泉掘さく事業には、こうしたリスクが不可避であるといわざるを得ない。また、現在では、地下の温泉源をできる限り有効に利用できるように、掘さくの方法、埋設する鋼管の工法等の開発技術は高度に発達しているうえ、井戸の掘さく深度は、1000メートル、場合によっては2000メートル以上に達する場合も珍しくない。
    そのため、温泉の掘さく工事を実施するには、温泉ゆう出の有無にかかわらず、人件費、資材費等多大の費用が必要とされる。それにもかかわらず掘さく業者が温泉がゆう出しなかった場合のリスクを負担し、顧客が予め期待していた成果が得られるかどうかによって工事代金の回収が左右されるということは、企業の採算上、重大な不安定要因を生じさせることになる。
    以上に照らせば、温泉の掘さくを請け負った業者としては、特に一定の質、量を有する温泉をゆう出させることを契約内容として具体的に明示した場合を除いては、その時点における技術水準に照らし相当と認められる掘さく工事を行えば、結果的に当初予想した質、量の温泉がゆう出しなくても、当該契約に基づく債務の履行を完了したというべきであり、掘さくの結果、当初予想された温泉がゆう出するかどうかのリスクは、原則として温泉掘さくを依頼した顧客の側が負担するものと解すべきである。」
    掘さく業者にとって有利な判例といえるでしょう。しかしトラブルを避けるため、契約書を作成することをお勧めします。

05.抵当権者による不法占有者の排除
  • 当行は融資先のAの建物に設定した根抵当権の実行のため競売申立をしたのですが、その半年前から見るからにヤクザ風のBが建物を不法占有しており、そのため買受人が現れず入札がなく、競売手続きが進行しておりません。当行としては、債権者代位制度に基づきAのBに対する所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使し、建物の明け渡しを求める裁判を起こしたいと思うのですが、認められますか?
  • 従来、最高裁は、抵当権者は抵当不動産の占有関係について干渉し得る余地はなく、第三者が抵当不動産を不法に占有しているとしても抵当権に基づく妨害排除請求としてその占有の排除を求め得ないし、債務者たる所有者の所有権に基づく返還請求権を代位行使して明渡しを求めることも原則として出来ないとの立場をとってきました。しかし、こうした消極的な姿勢が不法占有者やそれと組んだ所有者らを勢いづかせることになり、目に余る不法占有が全国で横行し、競売手続きの進行を阻害する事態となっておりました。金融機関の不良債権のの処理が停滞している原因の一つとなっております。
    そこで今般、最高裁は従来の考えを変更し、次の通りの見解を明らかにしました(平成11・11・24)。
  • 判決内容

    1.第三者が抵当不動産を不法占有することにより、競売手続きの進行が害され適正な価額よりも売却価額が下落するおそれがあるなど、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対して有する右状態を是正し抵当不動産を適切に維持または保存するよう求める請求権を保全するため、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使することができる。
    2.建物を目的とする抵当権を有する者がその実行としての競売を申し立てたが、第三者が建物を権原なく占有していたことにより、買受けを希望する者が買受け申出を躊躇したために入札がなく、その後競売手続は進行しなくなって、建物の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となる状態が生じているなど判示の事情のもとにおいては、抵当権者は、建物の所有者に対して有する右状態を是正するよう求める請求権を保全するため、所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使し、所有者のために建物を管理することを目的として、不法占有者に対し、直接抵当権者に建物を明け渡すよう求めることができる。
    やや遅過ぎた感は否めませんが、我国の競売手続きが健全な方向に一歩前進することは間違いありません。金融機関にとって重要な判例変更といえましょう。

06.遺言書の隠匿と相談欠格
  • 10年前に父が死亡し、私と兄が相続人です。父名義の土地がそのままになっているので相続ではっきりしようと提案したところ、兄は10年前に父から自筆の遺言書を預かっていると言い出し、金庫から出してきました。土地を兄に4分の3、私に4分の1の割合で相続させると書かれていました。
    この遺言書は検認も受けてませんし、長期間にわたり遺言書を隠していた相続人は相続権を失なうと聞いたのですが、本当ですか?
  • 本来、相続人となるべき者でも、一定の重大な事情があるため、当人に相続させることが公正でないと認められる場合があります。民法891条は相続欠格について定めており、その5号には「相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者」を相続欠格者としております。本件のお兄さんも、10年以上お父さんの自筆の遺言書を隠し、家庭裁判所での検認も受けていなかったということですから、「隠匿」したことになるのではないかが問題となります。
    従来、ある相続人が相続欠格とされるためには、民法891条各号該当行為についての故意の外に、右各行為によって自己が相続上有利になるという動機・目的(二重の故意)を要するか否かが争われてきました。
    この点、最高判平成9・1・28は、「相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものではなかったときは、右相続人は、民法891号5号所定の相続欠格者に当たらない」と判示して、二重の故意必要説に立つことを明らかにしました。近時、設問類似の事案につき、大阪高判平13・2・27は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「相続人が、被相続人から受領した遺言書を金庫内に保管していたが、被相続人の死後10年以上経過するまでその検認を経ようとしなかったことは、遺言書を隠した行為であるといえるが、その遺言書の記載内容が被相続人の遺産の全てを当該相続人及びその妻に相続させようとするものであるときは、遺言書を隠した行為により被相続人の遺言にかかる最終的な処分意思を害したものとはいえないから、同行為は、相続法上不当な利益を得る目的に出たものとはいえず民法891条5号にいう「隠匿」に該当しない。」
    ご質問のケースも、これだけではお兄さんを相続欠格者と断定することはできません。

07.境界確認書への署名捺印の見返りに受領した金員の 相当性
  • Aは自宅の土地建物をBに3200万円で売り渡す契約をし、手付金320万円の授受がなされました。本件売買契約書の4条には「売主は買主に本物件引渡しのときまでに、現地において隣地との境界を明示する。売主はその責任と負担において、本物件の土地に関し、隣地所有者との間で境界を確認した上、当該実測図を作成し、本物件引渡しの日の10日前迄に買主に交付する」と定められ、又、契約解除に伴なう違約金は640万円とされていました。Aは隣人Cに境界確認書への署名押印をお願いしたが、これを拒否され、やむなくA、B間の決済、引渡日は2ケ月程延期されました。なお、AとCはC宅の新築の際に口論したことがあり、これまでつまらないことで言い争いを繰り返してきました。
    Aはこのまま境界確認が得られない場合、640万円もの違約金を支払わねばならなくなるので何とか助けて欲しいとCに懇願し、Cの知人のDにも仲に入って説得してくれるよう依頼しました。後日、Cからこれまでの言動を陳謝し、320万円を支払うなら押印してもよいとの返事があり、Aは仕方なくこれに応じることにしました。
    なお、Cの指示により「私は、貴殿と過去にいろいろいきさつがございましたが、今般D氏を通じて和解が成立しましたので、今後、異議申し立ては一切致しません。和解金として金320万円を支払います」と記載された和解書なる書面にAが署名捺印してCに交付し、320万円を支払いました。その上でCから境界確認書の交付を受け、A、B間の売買は無事完了しました。AはCに対し、暴利行為による公序良俗違反を理由に支払った320万円を取り戻そうと思うのですが法的に可能でしょうか?
  • 不動産の売買にあたり、隣地の境界確認書の提出を求める機会があります。いわゆる現況測量ではなく確定測量図を求めているわけです。
    これに対し隣地所有者から何がしかの金員の支払いを要求されることがあります。本件ではなんと320万円もの大金を支払ってしまいました。これは暴利行為にあたるのでしょうか。しかし支払ってしまった以上、仕方ないのではとの見方もできるでしょう。大阪地判平9・8・27は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「被告は、被告建物建築時の○○の前記発言に怒りを感じていたことや原告建物の壁の表面の一部が被告建物に倒れかかっていること、前記丸太が被告土地に侵入していることなどに対する不満を理由に原告土地と被告土地の境界確認書に押印することを拒否していたのであるから、被告が感情を害した右事情について原告と被告との間に紛争があったということができ、本件和解金の支払には「筆界確認書」への署名捺印に対する謝礼の趣旨にとどまらず、右事情について謝罪し、よって右紛争を解決する趣旨も含まれていたことは否定できない。
    しかし原告土地と被告土地の境界の位置については争いがなかったこと、○○の前期発言については詫び状が作成され、原告建物の壁の表面の一部が被告建物に倒れかかっている等の点については原告が業者に補修、改善するように手配していること、被告自身は詫び状をもらえれば境界確認書に押印してもよいと思っていたことを考え併せると、320万円という金額は、右謝礼の趣旨としてはもとより、被告が感情を害した右事情について謝罪し、よって右紛争を解決する趣旨を考慮しても著しく高額であって、その目的と対比すると権衡を失していると評価せざるを得ない。
    違約金640万円を支払わねばならないという原告の立場を熟知しており、原告の右窮状に乗じて、その対応を窺いながら本件和解金の引き上げを図った上、320万円の支払を受けたという事情を認めることができる。本件和解金のうち、20万円を越える部分については、その支払いの合理的根拠を見出し難く、公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。」
    結局、被告は原告に300万円の返還を命じられ、取得できた金額は20万円に止まってしまいました。

08.競売手続と固定資産税、都市計画税の負担
  • 私は今年不動産競売手続で土地を取得したのですが、前の所有者から今年度分の固定資産税、都市計画税を全額支払済みなので、私が名義を取得した以降の分を案分して支払ってほしいと要求されました。応じなければならないでしょうか?
  • 1月1日の時点で不動産の所有名義を有していたことにより当年度分の固定資産税、都市計画税を負担、全額納付した人物が、その年のうちにその不動産を競売手続で落札した人物に対し、その年度の納税義務を負わないのはおかしく不当利得にあたるとして返還を求めた事案があります。東京高判平13・7・31は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「地方税法は、固定資産税について、いわゆる台帳課税主義を採用し(同法343条)、かつ、賦課期日は当該年度の初日の属する年の1月1日であると定めております(同法359条)、法律上の納税義務は、同日の所有者名義人のみが負うとされていることが明らかである。
    また、都市計画税については、その賦課徴収は固定資産税の例によるものとされるとともに(同法702条8第1項)、その賦課期日は、当該年度の初日の属する年の1月1日とされており(同法702条の6)、都市計画税についても、法律上の納税義務は、同日の所有名義人のみが負うとされていることが明らかである。
    また、不動産の譲渡が当事者間の合意によって行われる場合には、当事者間で固定資産税又は都市計画税の相当額(以下「固定資産税等相当額」という。)の負担について合意により調整することが可能であるが、不動産競売手続においては、その余地は全くない。さらに、現在の不動産競売の実務において、固定資産税等相当額を買受人に負担させないことを当然の前提として、不動産の評価及び最低売却価格の決定がされていることは、当裁判所に顕著である。
    これらの事情を考慮すれば、不動産競売手続により不動産を取得した者が、その不動産について、取得日が4月1日から翌年1月1日までの間である場合にあっては、当該年度に係る固定資産税等相当額、取得日が1月2日から3月31日までの間である場合にあっては、当該年度及び翌年度に係る固定資産税等相当額を負担しないとしても、その不動産競売手続きにおいて上記固定資産税等相当額を買受人に負担させることを前提として不動産の評価がされ、最低売却価格が決定されたなどの特段の事情のない限り、上記固定資産税等相当額を不当に利得したということはできないというべきである。」

09.契約締結上の過失に基づく損害賠償請求
  • ビルを新築しましたが、学習塾を営むAが計画段階で特定の貸室への入室を希望してきましたので、当社の方でそれに合ったコンセントの位置、電灯の数や位置、電話線の位置指定、看板取付位置変更を行い、希望賃料を記入した契約書案等を送付しましたが、Aは何の異議も述べませんでした。ところが、他の場所が見つかったとのことで、突如交渉を打ち切られてしまいました。
    Aは契約書等の文書を一切取り交わしてない以上、何の責任もないと言い張っております。損害賠償請求をすることは出来ないでしょうか?
  • 当事者間で、賃貸借契約締結いたるための様々な具体的な準備作業を行うことがあります。かかるケースでは相手方に対し、契約の成立についての強い信頼を与えることになり、こうした信頼を裏切って契約交渉を一方的に打ち切った場合には相手方の被った信頼利益を賠償する責任が生じます。こうした考え方を「契約締結上の過失」と呼びます。
    近時、東京高判平14・3.13は類似の事案について次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「契約は、成立しなければ、当事者間に何らの債権債務関係も生じないものであるが、契約成立に向けた交渉の結果、当事者の一方が相手方に対し契約の成立についての強い信頼を与えたにもかかわらず、この信頼を裏切って契約交渉を一方的に打ち切った場合は、信義則上、一種の契約上の責任として、相手方が被った信頼利益の侵害による損害を賠償するのが公平に適するものというべきである。・・・・被控訴人は、控訴人が本件賃貸借契約の内容についての要望を記載した書面(甲6)や本件賃貸借契約の案(甲7)により賃料を坪単価5000円とするなどの契約内容についての要望を示していたのに、これの許否についての明確な意思を表示しなかったばかりか、むしろ、控訴人がコンセントの位置、電灯の数及び位置並びに電話線の位置などを指定し、看板取付金具の設置位置変更工事を行うなどの本件賃貸借の準備行為を行ったことについて異議を述べなかったため、控訴人は、控訴人の要望どおりの内容で本件貸室を賃借できるものと信じ、本件賃貸借契約締結の具体的な準備を進行させていた。
    ところが、被控訴人は、他により有利な条件で契約できる賃借希望者が出現したことから、本件建物が完成する直前に至って、突然、本件賃貸借契約締結に向けての控訴人との交渉を一方的に打ち切ったものである。このような事実関係からすれば、被控訴人には、信義則上、一種の契約上の責任として、控訴人が本件賃貸借契約が締結されるものと信じたために被った信頼利益の侵害による損害を賠償するべき責任があるものというべきである。」
    このうえで、その損害額の立証は極めて困難であるとしながらも、弁論の全趣旨を勘案し、損害を50万円と認定し、契約の申込者にその損害賠償を命じました。

10.高層マンション増築による日照被害、風害の慰謝料
  • 隣地に14階建の分譲マンション2棟が建ち、日照被害や風害がひどく近隣の住民と一緒に慰謝料請求をしたいのですが、どの位の金額が認められますか?
  • 日照被害や風害を理由とする損害賠償請求が可能かどうかは、「受忍限度」を超えているかどうかがポイントとなります。超えていないことを理由に賠償請求を否定した裁判例もあります。その判断にあたっては、被害の程度、地域性、公法的規制の実質的違反、交渉の経過等の事情が総合して考慮されることになります。
    近時、広島地判平成15.8.28は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「良好な日照、風環境は快適で健康な生活に必要な生活利益であって、人格権ないし所有権の一内容として法的に保護されるべきであるが、他方、被告が、行政法規を遵守して本件マンションを建設したとすれば、自己の権利を行使したものであり、原告ら宅等付近の環境に何らかの影響が及んだとしても、それだけで直ちに不法行為が成立するとはいえない。しかし、全て権利の行使はその態様ないし結果において、社会観念上妥当と認められる範囲内でのみ行使することができるのであって、本件マンションの建設による影響が、原告らに対し、通常受忍されるべき限度を超えた不利益を強いる違法なものであったと認められる場合には、損害賠償の対象となるものと解するのが相当である。そして、受忍限度を超える侵害であるか否かについては、日影規制違反など公法規制違反の有無、日照阻害の程度、地域性、交渉経過等を総合的に考慮して判断すべきである。
    風害については次の通り判示しました。
    「1週間のうち、3,4日は外に干した洗濯物が吹き飛ばされてしまう、外に置いていた植木鉢が吹き飛ぶなど現実に本件マンション建設以前にみられなかった風害による物理的な被害が発生していることが認める(被告は本件マンション建設以前と因果関係はないと主張するが、本件マンション建設前には生じなかった現象であり、相当因果関係が存することが認められる。)。そして、被告は、本件マンション計画を変更するなどして、風環境の悪化を防止することが不可能とはいえなかったのに対し、原告らには風環境の悪化を防止する手段がなかったものと推認されること、原告はいずれも本件マンション計画以前から現在の土地建物に居住し、大半のものが高齢であって、生活環境の変化が大きくその身体に影響するものと考えられることから、原告らは本件マンション建設前から風環境の悪化を危惧しており、これに対し、被告は風環境が悪化することないと説明していたことが認められる。そうすると、原告ら宅付近の風環境は、人が生活する上で障害のある風環境であると認めるのが相当である。」
    そのうえで「以上の各認定事実を総合考慮すれば、被告の本件マンション建設は、社会観念上妥当な権利行使としての範囲を逸脱し、権利の濫用として違法性を帯びるに至ったものと解するのが相当である。」
    結局、被告16名全員に、被害程度に応じ最高100万円、最低30万円の慰謝料支払を命じました。

11.約定に反する太さの鉄骨使用と瑕疵
  • 私は、建築業者にワンルームマンションの建設を注文しましたが、阪神淡路大震災以来神経質になっており、建物の一部の主柱に当初の設計内容よりも太い鉄骨の使用を求め、業者もそれを了解し文書で確認しました。
    ところが、建物が完成してみると主柱の太さは当初の設計図通りで、私の要望は完全に無視されておりました。業者は建築基準法の基準に適合しており、構造計算上居住用建物としての安全性に問題はないのだから責任はないと言い張っています。
    私は、このような建物には瑕疵があり損害賠償を求めたいのですが、認められますか?
  • 仕事の目的物に瑕疵あるとき、請負人に瑕疵担保責任が発生します。目的物に瑕疵があるとは、完成された仕事が契約で定めた内容通りではなく、使用価値又は交換価値を減少させる欠点があるか、又は当事者があらかじめ定めた性質を欠くなど不完全な点を有することであると解されています。一方、例え約定通りでなかったとしても、建築基準法の基準を満たしていれば、瑕疵とまではいえないのではないかとの疑問が生じます。近時、最判平15.10.10は次の通り判示し、この点を明確にしました。
  • 判決内容

    「原審は、上記事実関係の下において、被上告人には、南棟の主柱に約定のものと異なり、断面の寸法250mm×250mmの鉄骨を使用したという契約の違反があるが、使用された鉄骨であっても、構造計算上、居住用建物としての本件建物の安全性に問題はないから、南棟の主柱に係る本件工事に瑕疵があるということはできないとした。・・・しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次の通りである。前記事実関係によれば、本件請負契約においては、上告人及び被上告人間で、本件建物の耐震性を高め、耐震性の面でより安全性の高い建物にするため、南棟の主柱につき断面の寸法300mm×300mmの鉄骨を使用することが、特に約定され、これが契約の重要な内容になっていたものというべきである。
    そうすると、この約定に違反して、同250mm×250mmの鉄骨を使用して施工された南棟の主柱の工事には、瑕疵があるものというべきである。」
    結局、ご質問のケースでは、注文主は、建築業者に対し、瑕疵の修補に代わる損害賠償を求めることができます。

12.鉄筋コンクリートのかぶり厚さ不足
  • 鉄筋コンクリート造3階建ての店舗兼用住宅を新築してもらいましたが、知人の一級建築士から、鉄筋に対するコンクリートのかぶり厚さ不足が随所に見られ、一部鉄筋が露出している箇所すらあるとの指摘を受けました。建築業者にどのような責任追及ができるのでしょうか?
  • 建築基準法施行令79条は、鉄筋のかぶり厚さについて具体的な寸法を明確に定めております。この基準に満たない建物の安全性をめぐって、近時、多くの訴訟が提起されており、中には取壊、再築の必要性を認める判例も出されております。横浜地裁川崎支判平13・12・20はかぶり厚さについて詳細に検討のうえ、次の通り判示しています。
  • 判決内容

    「鉄筋コンクリートにおいては、かぶり厚さは重要な性能である。第1に、かぶり厚さが不足すると、コンクリートの内部の鉄筋がコンクリートの中性化により発錆し、その錆で膨張し、その結果、コンクリートに亀裂が生じて崩壊する。第2に、かぶりが薄い場合には、鉄筋に沿ったひび割れができやすく、付着強度は著しく低下する。第3に、鉄筋コンクリート造りについては、部材最小径と最小かぶり厚さによって、耐火性能(耐火時間)が定められている。・・・・そして、施行令79条によれば、鉄筋に対するコンクリートのかぶり厚さは、柱においては、3センチメートル以上としなければならないと定められている。
    また、本件建物の設計図書・・では、柱の最小かぶり厚さについては、屋内3センチメートル、屋外4センチメートルと定められている。・・・・本件において、鉄筋コンクリートのかぶり厚さの不足があるかどうかを検討するに、1階のX1Y1柱(C5)の東面においては、主筋のかぶり厚さは20ないし29ミリメートル、帯筋14本(脚部)のかぶり厚さは10ミリメートル、帯筋2本(中央部)のかぶり厚さは28ないし29ミリメートルと推測される。また、1階のX1Y0の柱(C6)の東面においては、帯筋12本(脚部)のかぶり厚さ23ないし28ミリメートルと推測される。また、本件建物の工事期間中、かぶり厚さ不足のため、鉄筋が露出していた箇所が認められたことから、上記箇所以外にもかぶり厚さ不足が存在することが推認される。・・・・本件建物においては、施行令79条による基準を満たしておらず、基準の3分の1しかない箇所もある。その結果、本件建物の耐久性は、基準の9分の1程度しかなく、耐火性についても問題があり、コンクリート付着強度は帯筋で34パーセント、主筋で47パーセント低減している。・・・・したがって、このようなかぶり厚さ不足は、本件建物の重大な欠陥というべきである。」建築業者に、瑕疵担保責任又は不法行為責任を認め、建物取壊、再築費用の他、弁護士費用、一時移転費用、慰謝料等の支払を命じました。かぶり厚問題はこれから本格化してくるとみられています。

13.瑕疵担保免責特約の効力
  • 分譲販売用地を取得しましたが、従前建物を解体した物件だったので、売主に対し地中埋設物の有無を問い合わせたところ、問題無しとの返事があったので契約することになりました。契約書には売主の希望で「買主の本物件の利用を阻害する地中障害の存在が判明した場合、これを取り除くための費用は買主の負担とする」との特約が入れられました。
    決済引渡後、工事に入ろうとしたら、地中に大量のコンクリートがらがあることが判明し、その撤去等に1000万近くかかってしまいました。売主に対し損害賠償請求したいのですが、認められますか?
  • 瑕疵担保責任に関する規定は強行法規ではないので当事者の特約により責任を排除したり軽減したりすることができます。しかし、売主が責任を負担しない旨の特約は信義に反する場合があるので無制限には認められません。売主が瑕疵を知りながら買主に告げなかった場合等には責任排除の特約は無効となります(民法572条)。
    本件が民法572条の適用例となるかどうかが争点ですが、近時、東京地判平成15・5・16は、次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「そもそも担保責任の規定は、特定物売買における対価的不均衡によって生じる不公平を是正するために、当事者の意思を問うことなく、法律が特別に定めた法定責任ではあるが、もともと売買契約当事者間の利害を調整しようとするためのものであるから、当事者間の特約によっても、法定の担保責任を排除・軽減することができるのが原則である。ただし、当事者間の特約によって信義に反する行為を正当化することは許されないから、民法572条は信義則に反するとみられる二つの場合を類型化して、担保責任を排除軽減する特約の効力を否認しているものと解される。
    そして、本件においては、被告は、少なくとも本件地中埋設物の存在を知らなかったことについて悪意と同視すべき重大な過失があったものと認めるのが相当であるとともに、前記認定のとおり、本件売買契約時における原告からの地中埋設物のないことについての問いかけに対し、被告は、地中埋設物の存在可能性について全く調査しなかったのにもかかわらず、問題はない旨の事実と異なる全く根拠のない意見表明をしていたものであって、前記のような民法572条の趣旨からすれば、本件において、本件免責特約によって、被告の瑕疵担保責任を免除させることは、当事者間の公平に反し、信義則に反することは明らかであって、本件においては、民法572条を類推適用して、被告は、本件免責特約の効力を主張し得ず、民法570条に基づく責任を負うものと解するのが当事者間の公平に沿うゆえんである。」
    なお、本判決は、売主に地中埋設物について説明すべき信義則上の説明義務違反があり、債務不履行による損害賠償責任をも肯定しております。妥当な結論といえるでしょう。

14.通行地役権に基づく妨害排除ないし予防請求
  • 分譲業者から宅地を購入し、前面道路(私道)につき、自動車通行目的の通行地役権の設定を受け、位置指定道路になっております。隣人が通路上に車輌を恒常的に駐車し、私の車輌が通りづらくなっております。
    通行地役権に基づいて、隣人の車輌駐車禁止を求めたいのですが、可能でしょうか?
  • 通行地役権は、物権の一つであり、通行妨害行為に対し、通行地役権に基づく妨害排除ないし予防請求権の行使として、そのような行為の禁止を求めることができます。最高判平17・3・29は次の通り判示しています。
  • 判決内容

    「本件通路土地が、宅地の分譲が行われた際に、分譲業者が公道から各分譲地に至る通路として開設したものであること、本件地役権が、本件通路土地の幅員全部につき、上記分譲業者と宅地の分譲を受けた者との間の合意に基づいて設定された通行地役権であることに加え、分譲完了後、本件通路土地の所有者が、同土地を利用する地域住民の自治会に移転されたという経緯や、同土地の現況が舗装された位置指定道路であり、通路以外の利用が考えられないこと等にかんがみると、本件地役権の内容は、通行の目的の限度において、本件通路土地全体を自由に使用できるというものであると解するのが相当である。そうすると、本件車輌を本件通路土地に恒常的に駐車させることによって同土地の一部を独占的に使用することは、この部分をAが通行することを妨げ、本件地役権を侵害するものというべきであって、Aは、地役権に基づく妨害排除ないし妨害予防請求に基づき、Bに対し、このような行為の禁止を求めることができると解すべきである。本件車輌を駐車させた状態での残余の幅員が3メートル余りあり、本件通路土地には幅員がこれより狭い部分があるとしても、そのことにより本件係争地付近における本件通路土地の通行が制約される理由はないから、この結論は左右されない」
    そのうえで、「通行地役権は、承役地を通行の目的の範囲内において使用することのできる権利にすぎないから、通行地役権に基づき、通行妨害行為の禁止を超えて、承役地の目的外使用一般の禁止を求めることはできない」と判示し、Aの請求を、本件通路土地に車輌を恒常的に駐車させてAによる幅員2.8嵬に、積載量2.5t以下の車輌の通行を妨害してはいけない旨を求める限度で認容する判断を示しました。

15.遺産分割前の不動産から生ずる賃料債権の帰属
  • 父が死亡し、土地の遺産分割の話し合いを一年程続けてきたのですが、その間兄が地代金を一人で取得していました。
    この分の分割はどのように考えたらよいのですか?
  • 被相続人の死亡から遺産分割までの間に相当の日時を経過することとなるが、その間の相続財産たる不動産から生じる賃料の帰属について考え方が分かれていた。共同相続人は、相続開始の時点から遺産分割がされるまで、遺産をその法定相続分の持分で共有することになる。
    しかし遺産分割の効力は、相続開始の時にさかのぼって生ずる(民法909条本文)とされていることから、元物たる財産を取得した相続人に果実も帰属するのではないか、あるいは果実自体共有されるべきではないかが争点となっていた。
  • 判決内容

    「一、二審とも「遺産分割の効力が相続開始の時にさかのぼる以上、遺産分割によって特定の財産を取得した者は、相続開始後に当該財産から生ずる法定果実を取得することができるから、本件各不動産から生じた賃料債権は、相続開始の時にさかのぼって、本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属する」と判示したのに対し、最高判平17・9・8日は、次の通り判示し、これを破棄して原審に差し戻した。
    (1)共同相続財産である賃貸不動産から生じる賃料債権は、遺産とは別個の財産であって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得する。
    (2)遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けない。
    今後、全国の家裁実務は、本判決の考えで統一されることになり、その影響は大きいものがある。

16.LPガス貯蔵供給設備の買取請求と公序良俗違反
  • LPガスの供給規約を解除したところ、業者からLPガス貯蔵供給設備の買取を求められました。契約書のこのような条項は無効だと思うのですが、いかがなものでしょう?
  • LPガス業界では、建物の建築にあたり、LPガスの配管を無償サービスするケースがよくみられ、消費者側で供給契約を解除した場合には、契約に定められた買取条項をめぐりトラブルとなることがある。
    このような買取条項は、液石法16条2項を受けた同法施行規則16条16号に違反し、公序良俗に反するから無効であるとして争った事案につき、福岡高裁平17・6・14は、概要次の通り判示した。
  • 判決内容

    液石法施行規則16条16号のただし書きは、撤去が著しく困難である場合その他正当な事由がある場合には、この限りではないとしており、それには、撤去義務自体の例外を認める趣旨を含み、AのBに対する本件設備の買取請求を妨げるものではないから、本件買取条項は直ちに公序良俗に反するとはいえない。
    高額の費用を要する設備を設置し、それを無償で使用させる場合においては、その費用をLPガスを長期間供給販売することに伴う利益で賄うのは当然で、そのため、本件買取条項を定めて、短期解約を防止したり、合理的な範囲で設置費用を一般消費者等に転嫁することは許される。
    そのように解しても、一般消費者等は、事前に契約内容を検討することで将来予測が可能であり、仮にLPガスを使用し続けるのであれば、新たなLPガス販売業者に、当該設備を買い取らせことも可能であるから、Bに過酷な結果を押しつけることにはならない。 全国で多発している同様のトラブルの先例ともいえる判例であり、実務上きわめて重要である。

17.預託金会員制ゴルフクラブの名称を継続使用している場合の責任
  • 預託金会員制ゴルフクラブの経営母体が別会社に変りました。営業譲渡を受けたとのことですが、クラブ名称は元のままで運営されています。預託金の返還を譲受人会社に請求したいと思いますが認められますか?
  • 預託金会員制ゴルフクラブの営業が行き詰まり、返済期限が過ぎても預託金が戻ってこないという相談が多数寄せられています。ゴルフ場の経営母体が別会社に移っているケースが多く、その形態としては、ゴルフ場の営業の包括的賃貸借や、ゴルフ場の営業の譲渡によって、新たに営業主体となった会社が、ゴルフクラブの従前の名称を継続使用している場合、商法26条1項に定める商号続用者の弁済責任の規定を類推適用し、預託金の返還義務を負うと解釈する余地があります。
    最高判平16・2・20は、営業譲渡のケースにつき次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「預託金会員制のゴルフクラブが設けられているゴルフ場の営業においては、当該ゴルフクラブの名称は、そのゴルフクラブはもとより、ゴルフ場の施設やこれを経営する営業主体をも表示するものとして用いられていることが少なくない・・・・このように預託金会員制のゴルフクラブの名称がゴルフ場の営業主体を表示するものとして用いられている場合において、ゴルフ場の営業の譲渡がされ、譲渡人が用いていたゴルフクラブの名称を譲受人が継続して使用しているときには、譲受人が譲受後遅滞なく当該ゴルフクラブの会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り、会員において、同一の営業主体による営業が継続しているものと信じたり、営業主体の変更があったけれども譲受人により譲渡人の債務の引受がされたと信じたりすることは、無理からぬものというべきである。
    したがって、譲受人は、上記特段の事情がない限り、商法26条1項の類推適用により、会員が譲渡人に交付した預託金の返還義務を負うものと解するのが相当である」
    東京地判平16・8・31は、包括的賃貸借のケースでも、商法26条1項の類推適用を認めました。多くのゴルファーが泣き寝入りしているようです。あきらめることはありません。

18.マンション建築反対運動と名誉毀損
  • マンション建築の反対運動をミニコミ誌やインターネット掲示板を利用して行おうと思いますが、表現に気をつけなければ損害賠償を求められると聞きました。裁判になった事例があれば教えてください。
  • マンション予定地の近隣住民から反対運動が起き、ミニコミ誌やインターネット掲示板において、予定地の地盤や交通の面で危険だとか、住民に対する説明が不十分だといった表現が用いられたケースにおいて、マンションの企画・設計をした会社から住民に対し、損害賠償や謝罪広告を求めた事例があります。
    その表現に企画・設計した会社の社会的な評価を低下させるものであったかどうかで判断することになります。横浜地判平15・9・24は次の通り判示しています。
  • 判決内容

    「そして、本件表現行為の内容は、・・・・全体としてみれば、本件マンションの建築予定地の近隣に居住する住民らによる、マンションの建築に反対する意見の記載であることは明らかであり、その表現媒体がいずれも一般の市民が自由な意見を表明する際に用いられる私的な性質の媒体であることからすれば、本件表現行為に接した通常の読み手は、本件表現行為は、マンション建築の際にしばしば見られるような、マンション建築によって住環境等を害されると考える近隣住民らが、その建築に反対する立場からの意見表明として、マンションの建築反対の趣旨を訴えよとしているものと受け取るものと認められるのである。このように、本件表現行為の主体や表現方法に照らせば、近隣住民らの反対運動を受けつつ本件マンション建築計画を進めていた会社としての原告が、近隣住民による近隣住民としての立場からの建築反対を訴える趣旨の表現行為の対象となったからといって、その表現行為の内容がマンション建築に反対する趣旨の表明の範囲内にとどまるものである限り、このような表現行為に接した通常の読み手は、それらは、そのような対立関係にある一方当事者の側から一方的に発信された意見表明にすぎないものと受け取るものと認められるのである。そうある以上。このような意見表明は、それがされることによって直ちに原告の社会的評価を低下させているというような性質の行為であるということはできないというべきである。」
    マンション建築反対運動と名誉毀損の成否の境界をどのように考えたらよいかについて、一つの指針を示した判例と評価することができます。

19.景観権ないし景観利益について
  • 高層のマンション建築により古くからの美しい街並みが台無しになってしまうような場合、景観権とか景観利益を侵害するとして建築禁止を求めることができるのでしょうか?
  • 国立市にある「大学通り」と称される公道沿いに地上14階建のマンションが建築にされたこと対し、附近住民が景観権ないし景観利益を違法に侵害しているとして争った事件の上告審判決が、平成18年3月30日言い渡されました。
  • 判決内容

    判決は、「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値するものと解するのが相当である。」とした上で、「現時点においては、私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず、景観利益を超えて「景観権」という権利性を有するものを認めることはできない。」と判示しました。
    そして、「景観利益の違法な侵害となるかどうかは、被侵害利益である景観利益の性質と内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様、程度、侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきである・・・・ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当である。」と判示し、本件マンション建築が、景観利益を違法に侵害する行為に当たるということはできないと結論づけました。実務上きわめて重要な判決といえます。

20.建築の設計者・施工者の不法行為責任
  • 中古マンション一棟を購入しましたが、バルコニーの手すりがぐらつき危険な状況の為、賃借人が次々と退去してしましました。10年前にマンションの施工を行った建築業者に不法行為責任を追及したいのですが、認められますか?
  • 最高裁は、平成19年7月6日、建物の建築に携わった設計・施工者らが不法行為責任を負う場合の基準について、次の通りの新判断を示しました。
  • 判決内容

    「建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。
    そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。
    そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。
    居住者等が当該建物の建築主からその譲渡と受けた者であっても異なるところはない。」
    そのうえで、バルコニーの手すりの瑕疵につき、居住者が転落し、生命、身体を危険にさらすようなおそれのある場合は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵にあたると明言しました。
    不法行為責任は、建物引き渡しから20年間か、または欠陥原因がわかってから3年以内なら追及可能です。欠陥住宅をつかまされてしまった被害者にとって、救済の道が大きく開かれることになると思われます。

21.建物の圧迫感
  • 2階建ての戸建て住宅が一帯を占めている地域に、突如、8階建て戸数70戸のマンションが建つことになりました。私共住民としては、空を大きく塞ぐ圧迫感を感じます。このような圧迫感を与えること自体、マンション建築に違法性ありということにはならないのでしょうか?
  • マンション建築により、日照被害、プライバシー侵害、住環境破壊、騒音、悪臭、風害、交通障害等の被害を受けるとの訴えに基づき、建築禁止や慰謝料請求が問題となりますが、近時、圧迫感を訴えるケースも出てきております。いわゆる受忍限度を超えるかどうかがポイントとなるわけですが、圧迫感という不快感情が法的にどのような評価を受けるかが問題です。
    この点につき、東京地判平16・2・20は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「原告らは、本件各建物の建築により多大なる圧迫感を受けると主張するが、そもそも建築物から近隣住民の受ける圧迫感が、日照の阻害とは別個に保護の対象となるべきものかどうかについては、上記圧迫感が内容としてどのようなものを含むのか明確ではなく、多分に心理的要素を含むものであるから、どのような要件の下に私法上の保護を与えるのが適当かを判断する客観的な根拠に乏しいといわざるを得ない。
    確かに、日照侵害やプライバシー侵害等といった建築物がもたらす種々の環境劣化に対する不快感とは別個に単に建築物がそこに存在することによるいわば物理的な意味での圧迫感が認められ、本件でも、・・・・の各結果によれば、本件各建物が原告らの居宅と比較してある程度見下ろされているといった圧迫感を与えるものであることは否定できないが、前記のような不明確な要素に鑑みれば、このような圧迫感をもって本件各建物の建築を直ちに違法ということはできない。」
    なお、マンション建築にあたり、隣地との距離制限(目隠しを含む)を無視しているような場合には、圧迫感が考慮されることになります。

22.地下鉄の騒音、振動と建物の瑕疵
  • 工務店に軽量鉄骨造陸屋根三階建の建物を建築してもらったのですが、住んでみると地下鉄線の走行による騒音、振動が伝わってくるのがわかりました。事前にその防御を施さず漫然と工事を続行した工務店に責任があると思うのですが、いかがでしょう?
  • 本件のように、建築された建物に地下鉄による騒音、振動の伝搬があることが建物の瑕疵にあたるのでしょうか。一般的に建築基準法に違反し、同基準に適合しない建物は瑕疵ある建物にあたると解されます。地下鉄線による騒音等の遮蔽は、建築基準法上の適合要件とはなっておりません(同法6条、20条)。本問類似のケースで、名古屋地判平17・4・22は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「1.一般的に、『仕事の目的物に瑕疵あるとき』とは、請負契約で定められた内容に違反している場合、あるいは建築基準法等の一般的建築基準に違反している場合をいうものと解される。2.そこで検討するに、被告が本件騒音等の発生原因を事前に調査し、これを防ぐ措置を施すべき契約上の義務を負っていたといえないことは前示のとおりであるから、本件請負契約で定められた内容に反する設計ないし施工があったということはできない。3.また、前記認定事実によると、本件建物において、屋内壁面上の振動加速度の増幅が認められるも、これが建物の遮音性能上問題があるとの結論を出すには未だ検討を要するとされ、結局これを肯定するには足りないというほかないのであるから、上記屋内壁面上の振動加速度の増幅が一般的建築基準法に違反しているということはできない。
    さらに・・・・本件騒音等の発生原因を事前に調査し、これを防止することが一般的な建築基準となっていたとはいいがたく、被告が本件騒音を防止できなかったことをもって一般的建築基準に違反したということもできない。4.以上検討したところによれば、本件建物に瑕疵があるということはできず、被告の原告に対する瑕疵担保責任を認めることはできない。」
    結局、建築業者には債務不履行責任、不法行為責任、瑕疵担保責任のいずれも認めることはできないと結論付けました。

23.駐車場経営と自動車の留置権
  • パークロックシステムの無人駐車場を経営しておりますが、レンタカーを借りた人物が車を放置したまま所在不明になりました。レンタカー会社から車の引渡しを求められておりますが、当社としては駐車料金不払いを理由に、車の留置権を主張しようと思いますが、認められますか?
  • 民法295条1項の留置権が成立するためには、被担保債権が物自体から発生した場合もしくは、物の返還義務と同一の法律関係、事実関係から発生した場合でなければなりません。パークロックシステムの無人駐車場の場合、物を所持しているといえるのか、被担保債権発生の法律関係が問題となります。
    この点につき、名古屋高判平14・6・28は次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「平成12年6月13日午後4時、Aが被控訴人の管理する椿町駐車場に本件自動車を駐車させ、当該駐車スペース出入り口のロック板が立ち上がり、同自動車が同駐車スペース内に固定された時点から、駐車料金の支払がなされるまで、継続的にAやその他の者による同自動車の搬出、移動ができない状態にしたものであると認められるので、その間、本件自動車は、同駐車場の管理者である被控訴人の事実的支配下にある状態となったと解せられ、同状態は、占有の要件である所持といえる。・・・被控訴人は、本件自動車の占有をともなう椿町駐車場利用契約において、Aの契約不履行による駐車料金等の請求権を有し、Aは駐車料金等の支払をして本件自動車の返還を受ける請求権があるものと認められるところ、被控訴人の請求権とAの請求権とは、同駐車場利用契約に基づき、同一の法律関係から生じた債権であるから、被控訴人の駐車料金等の請求権は本件自動車に関して生じた債権あるということができる。
    すると、被控訴人は、本件自動車につき、上記駐車料金等の請求権を被担保債権とする留置権を有するものと認められる。」
    結局、駐車場経営者の留置権の主張が認められました。

24.防水工事不良、防蟻処理不良と不法行為責任
  • 11年前に新築した建物に数々の欠陥があり、今回専門家に調査してもらったところ、防水工事の不良によりサッシ廻りからの漏水がひどいこと、防蟻処理が不良なため土台の朽廃が進行していることがわかりました。工務店と設計監理者にかけあいましたが期間がすぎているので責任は負えないといわれました。損害賠償責任の追及はできないのでしょうか?
  • 本件のような場合、施工会社や設計監理者の債務不履行責任に基づく損害賠償請求権は時効消滅しているわけですが、不法行為が成立するとなると話は別になります。はたして防水工事不良や防蟻処理不良は、施工会社や設計監理者の不法行為となりうるのでしょうか。最判平19.7.6は、バルコニーの手すりの瑕疵につき、建物としての基本的な安全性に欠くものとし、不法行為の成立を肯定しました。近時、東京地判平20.1.25は、防水工事不良、防蟻処理不良による建物瑕疵につき、設計監理者の責任が問題となったケースにおいて、前記最高裁判例の趣旨を受けて、次の通り判示しました。
判決内容

「設計監理者は、設計及び監理の委託を受けた建物建築工事に当たり、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うのと解するのが相当であり、設計監理者がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計監理者は、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。そして、およそ住宅の性能として欠くべからざる事項は、構造的な欠陥がないことと漏水のないことであり、こうした事項に関する瑕疵は、構造的欠陥による倒壊の可能性や漏水による水損を生じさせることになるから、原則として、建物としての基本的な安全性を損なうものと解するべきである。また、防蟻処理に関する瑕疵も、蟻被害により構造部分の朽廃を進行させ建物の倒壊の可能性を生じさせるものであるから、原則として、同様に建物としての基本的な安全性を損なうものと解するべきである。したがって、上記のような瑕疵により生じた損害について、被告は不法行為による賠償責任を負うというべきである。」
質問者のケースも、築後11年たっているとはいえ、今回の調査で原因が判明したわけですから、知った時から3年以内に提訴すれば、不法行為責任の追及が可能になると思われます。

25.隣人の脅迫的な言辞による建築制限と土地の瑕疵
  • 宅地を5千万円で購入し、住宅を建築しようとしたところ、隣人から脅迫的な言辞をもって、隣家に新築建物の影がかからないよう設計変更を求められました。このような隣人がいること自体、土地の瑕疵にあたり、売主の瑕疵担保責任を追及したいのですが認められますか?
  • 住宅建築の際に、不当な要求をする隣人に苦労するケースが増えております。本件のように脅迫的言辞にて妨害する者がいる場合、土地の隠れた瑕疵にあたるのでしょうか。
判決内容

近時、東京高判平20・5・29は、「心理的欠陥が目的物の通常の用途に照らし、一般人であれば誰もがその使用の際に心理的に十全な使用を妨げられるという欠陥、すなわち一般人に共通の重大な心理的欠陥がある場合」について、民法570条の瑕疵にあたることを認めました。
そのうえで本件において契約解除を認めるべきかどうかについては、「本件では、Aの居住建物に影がかからなければ本件敷地部分の建物建築は可能と認められるから、予定を変更してそのような建物を建築することや、予定していた建物の建築についても、刑事手続きや保全処分のみではなく、いわゆる民暴対応に慣れた弁護士による任意の交渉や調停などの手続を経ることによる解決も選択肢としては考えられるところである。したがって、いずれにしても、本件瑕疵により、本件売買契約の目的を達することができないということはできない。」と判示し、これを否定しました。
損害賠償については、「Aは、Aの居住建物に影がかかるような建物を本件敷地部分に建築することを妨害しているにすぎないのであり、Aによる建築禁止要求部分を除いた部分を利用して建物を建築することは妨害を受けることなく可能であること」を考慮すべきとし、買主の損害としては、売買価格の15パーセントの減価があると判断し、約780万円の損害賠償を認めました。

26.建物の建て替え費用の損害賠償は可能か
  • 家を新築したのですが、主要な構造部分に安全性、耐久性にかかわる重大な欠陥があり、台風の際には倒壊しかねないことが分かりました。私としては、建物の建て替えに要する費用を全額損害賠償してもらいたいと思うのですが、工務店は、建物に重大な瑕疵があっても請負契約の解除はできないと民法に定めているので応じられないと言い張っています。こんな言い訳が通るのでしょうか?
  • 民法635条ただし書は、建物その他土地の工作物については、例え瑕疵があっても請負契約を解除することはできないと定めております。そのために、重大な瑕疵がある場合でも、建物建て替えに要する費用の損害賠償を求めることは出来ないのではないかとの疑問がありました。近時、最高判平14・9・24は次の通り判示しました。
判決内容

「請負契約の目的物が建物その他土地の工作物である場合に、目的物の瑕疵により契約の目的を達成することができないからといって契約の解除を認めるときは、何らかの利用価値があっても請負人は土地からその工作物を除去しなければならず、請負人にとって過酷で、かつ、社会経済的な損失も大きいことから、民法635条は、そのただし書において、建物その他土地の工作物を目的とする請負契約については目的物の瑕疵によって契約を解除することができないとした。しかし、請負人が建築した建物に重大な瑕疵があって建て替えるほかはない場合に、当該建物を収去することは社会経済的に大きな損失をもたらすものではなく、また、そのような建物を建て替えてこれに要する費用を請負人に負担させることは、契約の履行責任に応じた損害賠償責任を負担させるものであって、請負人にとって過酷であるともいえないのであるから、建て替えに要する費用相当額の損害賠償請求をすることを認めても、同条ただし書の規定の趣旨に反するものとはいえない。したがって、建築請負の仕事の目的物である建物に重大な瑕疵があるためにこれを建て替えざるを得ない場合には、注文者は、請負人に対し、建物の建て替えに要する費用相当額を損害としてその賠償を請求することができるというべきである。」
工務店の主張は通りません。主要構造部分の安全性、耐久性についての重大な欠陥のために建て替えるしか方法がないことが立証された場合には、建物の建て替え費用相当額の損害賠償請求が可能です。

27.抵当権の効力は従物たる附属建物に及ぶか
  • 銀行員ですが、農家であるAに融資し、母屋に根抵当権を設定しました。同一敷地内に附属建物としての表示登記のされてない未登記の小さな物置と飼料小屋(いずれも面積は20平方メートル程度)があったのですが、Aはこれらを孫に贈与し、表示登記のうえ所有権移転登記してしまいました。当行の根抵当権は孫所有の物件に及ぶと理解してよろしいのでしょうか?
  • 主たる建物に抵当権が設定された場合、民法87条ないしは民法370条の趣旨により、その当時に存在する従物たる建物にも効力が呼ぶことになります。しかし、従物である建物につき附属建物としての表示登記がされていない場合には、主物に対する抵当権登記の対抗力は未登記の従属建物には及ばないとの見解があります。
    一方、表示登記の有無にかかわらず当然に効力が及ぶとの見解もあります。近時、東京高判平15・3・25は、この争点につき次の通り判示しました。
  • 判決内容

    「物件目録1イの附属建物・・・・並びに物件目録2記載の主建物及びその附属建物(本件建物)は、いずれも飼料堆肥小屋や畜舎、物置であって、原判決別紙物件配置図記載のようなその場所的関係からも、その用途及び機能の上からも、本件根抵当権設定当時、主たる建物の常用に供されていたものと認められる。なお、本件建物は、昭和48年に建築された面積18.65平方メートルの平屋の物置であり・・・・その課税評価額は平成12年度で合計7万円にも満たず、物件目録1イの附属建物と同じく、それ自体で独立して何らかの用途に用いられるような構造物ではない。・・・・そうすると、これらの建物は、主建物の従物というべきであるから、主建物の登記簿上、附属建物として表示されていなくても、本件根抵当権の効力が及ぶというべきである。・・・・本件根抵当権の効力は、主建物の従物である本件建物に及んでいると解するべきであるから、その後、本件建物が被控訴人に譲渡されたとしても、被控訴人が取得するのは、根抵当権の負担付きの所有権である。建物の個数は、社会通念にしたがって定まるのであるから、社会通念上構成部分に過ぎない附属建物を、実体関係の表章にすぎない登記によって独立の建物とすることはできない。附属建物の表示登記の有無にかかわらず、抵当権の効力は附属建物に及び、抵当権の登記は、附属建物をも含んだ全体としての一個の建物についての公示たる意義を有するのであるから、この場合において、附属建物の第三取得者が所有権移転登記をしたとしても、それによって、抵当権の負担を免れうるものではない。」

    結論として、銀行の根抵当権は孫名義の物置や飼料小屋にもその効力が及んでいることになります。孫に対し、根抵当権の確認とその設定登記手続を求める訴訟手続をとるべきです。

28.建築請負契約と公序良俗違反
  • 注文者と請負人の間で、建築確認を取得した後に、これと異なる部屋数の多い建築基準法違反の建物を違法に建築することを計画し、建ぺい率、容積率違反、北側斜線制限違反、日影規制違反、耐火構造規制違反等悪質な建築基準法違反を企画した場合、こうした建築請負契約の効力はどうなるのでしょうか。
  • 建築請負契約の当事者双方が故意に建築基準法違反を行うケースがあります。建築基準法違反は、公法的規制、取締法規違反にすぎず、私法上の効力には問題がないとの見解があります。
    近時、東京高判平22・8・30は、社会的妥当性の視点から到底是認できない場合には、公序良俗違反として無効となるとの判断を示しました。
判決内容

「特定の建築物についての請負契約が、悪質な方法で第三者の利益を故意に侵害する場合など、社会的妥当性の観点からみて到底是認できない場合には、私法上の効力も否定しなければならないと解すべきである。すなわち、当該請負契約が建築基準法に違反する程度(軽重)内容、その契約締結に至る当事者の関与の形態(主体的か従属的か)、その契約に従った行為の悪質性、違法性の認識の有無(故意か過失か)などの事情を総合し、強い違法性を帯びると認められる場合には、当該請負契約は強行法規違反ないし公序良俗違反として私法上も無効とされるべきである。・・・そして、その違反の内容は、建ぺい率、容積率など、一般公益保護の目的で規定された規制の違反のみならず、北側斜線制限違反や、日影規制違反など、近隣居住者の法的利益をも保護する性質を有する規制に違反し、第三者の利益を侵害するものということができる。さらに、耐火構造など、共同住宅の居住者の生命身体の安全に影響する規制に違反する内容ともなっている。・・・違法な行為の結果は、建築基準法が保護しようとする一般公益のみならず、近隣居住者の法的利益をも侵害するものである。さらに、主観的態様は過失ではなく、故意に違法な行為を遂行するものである。そうすると、本件各契約は全体として強い違法性を帯び、社会的妥当性の観点から到底是認し得るものではなく、強行法規違反ないし公序良俗違反として、私法上も無効と解すべきである。」
無効となった場合には、契約の有効を前提とする請負代金請求や、損害賠償請求も認められないことになる可能性が大きいので、お気をつけ下さい。

29.建物建て替えと居住利益の控除
  • 新築建物に構造耐力上の安全性にかかわる重大な瑕疵が見つかり建て替えざるをえなくなりました。工務店は、建て替え費用相当額の損害賠償請求に応じることを了承しましたが、私が引渡後居住していた間の利益分を控除させてほしいと言っています。応じなければならないのでしょうか。
  • 構造耐力上の安全性を欠くことを理由として、建て替え費用相当額の損害賠償請求が提起される事例が増えております。建て替えざるをえないと判断される場合において、買主らが居住していた利益を損益相殺の対象として損害額から控除すべきか否かが争われてきました。
    近時、最高判平22・6・17は、次の通り判示しました。
判決内容

「売買の目的物である新築建物に重大な瑕疵がありこれを建て替えざるを得ない場合において、当該瑕疵が構造耐力上の安全性にかかわるものであるため建物が倒壊する具体的なおそれがあるなど、社会通念上、建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであるときには、上記建物の買主がこれに居住していたという利益については、当該買主からの工事施工者等に対する建て替え費用相当額の損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできないと解するのが相当である。・・・本件建物には、二(3)のような構造耐力上の安全性にかかわる重大な瑕疵があるというのであるから、これが倒壊する具体的なおそれがあるというべきであって、社会通念上、本件建物は社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであることは明らかである。そうすると、被上告人らがこれまで本件建物に居住していたという利益については、損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできない。」
従来、学説・判例で見解の分かれていた問題につき、終止符が打たれたわけです。実務上の重要判例ということができます。

30.競落人に対する固定資産税等の日割精算分の不当利得返還請求
  • 所有の不動産が担保不動産競売手続にかかり、今回競落されました。本年度分の固定資産税、都市計画税の全額を私が納付しておりますので、競落人に取得日以降の期間に対応する分の日割精算額を不当利得として請求したいのですが、認められますか。
  • 固定資産税等については、課税台帳主義が採られており、1月1日時点で登記簿に登記されている者が当該年度の納税義務を負うことになります。競落人が所有権取得した場合、日割精算額の負担を免れたことが、法律上の原因なく利得したことになるのかが問題です。
    近時、大阪地判平23・2・7は、この点につき、次の通り判示しました。
判決内容

「以上の地方税法の規定及び私人間の売買契約と不動産競売制度との違いに照らすならば、競売不動産に係る固定資産税等の負担について、これを不動産競売手続において執行債務者と買受人との間の合意により調整することは制度上予定されておらず、また、同手続が終了した後に、別個の手続により固定資産税等の負担を調整することも基本的に想定されていないと解するのが相当である。現在の不動産競売手続実務においては、通常、競売不動産の評価や売却基準価額及び買受可能価額の決定に際し、固定資産税等の税額及びその納付の有無が考慮されていないが、それは、以上のような固定資産税等の負担の調整が制度上予定されていないことに基づくものであると解される。そして、このような不動産競売手続実務を前提に、後日、競売不動産に係る当該年度の固定資産税等の請求を受けることはないと期待して当該不動産の買受けの申出をすることをもって、不合理な行為であるということはできないし、それにより、結果的に買受人が最大で1年分の固定資産税等の経済的負担を免れることになったとしても、当該固定資産税等の賦課期日における不動産の所有者との関係で不当な結果を招来するということもできない。」
結局、競落人に対する不当利得返還請求は認められないということになります。

31.欠陥住宅、将来の危険の具体的基準
  • 建物の欠陥につき、設計、施工業者に不法行為責任を追及できる要件である「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、その瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限られるのでしょうか。放置することにより将来危険が生ずる場合は含まれないのでしょうか。
  • 最高裁は、平成19年7月6日、建物としての基本的な安全性を損なう欠陥があれば、不法行為による賠償を認めるとの見解を示しましたが、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵に限られるのか、現状では危険がなくても、放置すれば将来的に住人らの生命や身体、財産に危険が現実化することになる場合も含まれるのか見解が分かれておりました。
    最判平23・7・21は、後者の見解に立ち、欠陥住宅による被害を幅広く救済する判断を示しました。瑕疵が認められる具体例として、次の通り判示しました。
判決内容

「当該瑕疵を放置した場合に、鉄筋の腐食、劣化、コンクリートの耐力低下等を引き起こし、ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより、建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても、これを放置した場合には、例えば、外壁が剥落して通行人の上に落下したり、開口部、ベランダ、階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや、漏水、有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが、建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は、これに該当しないものというべきである。」
平成19年の判断に加え、欠陥住宅の救済にさらに一歩踏み出したという印象を受けます。全国的に数多くの訴訟が展開されることになるでしょう。

32.介護老人保健施設の管理義務違反
  • 高齢の父が認知症となり徘徊するようになったため、介護老人保健施設に入所しました。父は施設内の食堂を出て一人で浴室内に入り、摂氏45度の高温の湯につかり、浴槽内で心肺停止に陥り死亡しました。施設側に管理義務違反による損害賠償を求めたいのですが、認められますか。
  • 介護老人保健施設は、要介護者に対し、看護、介護、その他必要な医療並びに日常生活上の世話をするものですが、入所者の事故回避についてどのような措置、対策を行うべきかが問われます。予見可能性の有無が主要な争点となります。
    近時、岡山地判平22・10・25は、類似の事案につき、次の通り判示しました。
判決内容

「被告としては、適正な数の職員を配置し、入居者の動静を見守る努力を傾注するとともに、本件施設中、入居者が勝手に入り込んで利用するようなことがあれば、入居者の生命身体に危険が及ぶ可能性がある設備ないし場所を適正に管理する責任を免れないというべきである。・・・浴室は、認知症に陥っている入居者が勝手に利用すれば、濡れた床面で転倒し骨折することもあるし、・・・急激な温度の変化により血圧が急変したりして心臓に大きな負担がかかるのみならず・・・、湯の温度調整を誤ればやけどの危険性もあり、さらには利用者が浴槽内で眠ってしまうことにより溺死するなどの事故が発生するおそれも認められるのであるから、具体的な危険性を有する設備に該当するというべきである。・・・本件浴室と隣接する浴室との間の扉は施錠されておらず・・・、脱衣所から本件浴室へ入る扉・・・も施錠されていなかった。仮に、これらのどちらかの扉が施錠されていたとすれば、本件事故は発生しなかったことは明らかである。そして、たとえ本件事故発生前において、太郎が勝手に浴室に入ろうとしたことがなく、これまで同種の事故がなかったことを前提としても、徘徊傾向を有する入居者が、浴室内に侵入することは予見可能であったというべきである。」
結局、施設側の管理義務違反が認められ、死亡の結果につき、過失責任が肯定されました。

33.暴力団員のホテル利用契約
  • 当ホテルで、結婚式、披露宴の申込みを受け承諾し、予約金10万円も受領しましたが、申込者が暴力団員であることがわかりました。契約は無効だと思うのですがいかがでしょう。
  • 同種事案においては、ホテル側の方から規約に基づく解除、錯誤無効、公序良俗違反による無効、情報提供義務違反による解除といった主張がなされることが多いのですが、今般、広島地判平22・4・13は次の通り判示し、錯誤無効の主張を容認しました。
判決内容

「暴力団員がホテルで挙式をするとなると、通常人の挙式とは異なり、暴力団員が多数参加することによるトラブルも懸念され(本件では、暴力団関係者の参加予定はなかったとのことであるが、ホテル側からすると、その真偽を容易には確認できない。)、トラブル防止のため警備態勢をとることを検討しなければならないが、万一の事態に備え厳重な警備態勢をとるとすれば相当なコストもかかり、他の客のキャンセルも予想され(同日の利用予定者には警備を要する挙式があることを告げない訳にはいかないであろう。)、暴力団との関わりを避けるべきであるという最近の社会情勢からすると、当該ホテルの信用失墜にもつながるところであり、当該ホテルにとって不利益が大きい。そうすると、当事者が暴力団員かどうかは、ホテル側にとって、挙式の契約をするかどうかを判断する上で重要な事項であり、これを知らなかったとすれば、単なる動機の錯誤に止まらず、要素の錯誤に該当すると解される。このことは、民法567条ないし570条(対価関係の均衡を欠く場合に解除を認める。)の法意等に照らしても、是認されるべきである。・・・・よって、被告の錯誤の主張には、理由がある。そうすると、本件契約における被告側の意思表示が無効となるから、本件契約も無効となる。」
暴力団対策上、重要な判例の一つに位置付けられます。

33.暴力団員のホテル利用契約
  • 当ホテルで、結婚式、披露宴の申込みを受け承諾し、予約金10万円も受領しましたが、申込者が暴力団員であることがわかりました。契約は無効だと思うのですがいかがでしょう。
  • 同種事案においては、ホテル側の方から規約に基づく解除、錯誤無効、公序良俗違反による無効、情報提供義務違反による解除といった主張がなされることが多いのですが、今般、広島地判平22・4・13は次の通り判示し、錯誤無効の主張を容認しました。
判決内容

「暴力団員がホテルで挙式をするとなると、通常人の挙式とは異なり、暴力団員が多数参加することによるトラブルも懸念され(本件では、暴力団関係者の参加予定はなかったとのことであるが、ホテル側からすると、その真偽を容易には確認できない。)、トラブル防止のため警備態勢をとることを検討しなければならないが、万一の事態に備え厳重な警備態勢をとるとすれば相当なコストもかかり、他の客のキャンセルも予想され(同日の利用予定者には警備を要する挙式があることを告げない訳にはいかないであろう。)、暴力団との関わりを避けるべきであるという最近の社会情勢からすると、当該ホテルの信用失墜にもつながるところであり、当該ホテルにとって不利益が大きい。そうすると、当事者が暴力団員かどうかは、ホテル側にとって、挙式の契約をするかどうかを判断する上で重要な事項であり、これを知らなかったとすれば、単なる動機の錯誤に止まらず、要素の錯誤に該当すると解される。このことは、民法567条ないし570条(対価関係の均衡を欠く場合に解除を認める。)の法意等に照らしても、是認されるべきである。・・・・よって、被告の錯誤の主張には、理由がある。そうすると、本件契約における被告側の意思表示が無効となるから、本件契約も無効となる。」
暴力団対策上、重要な判例の一つに位置付けられます。

34.家賃保証会社による追い出し行為
  • 賃料の支払いを5ヵ月分怠り、家賃保証会社の方で支払っていたようなのですが、今般、保証会社の方で私の居室の鍵を付け替えし、追い出されてしまいました。居室内の家財道具も搬出処分されてしまいました。私としては、保証会社とその代表取締役に損害賠償を求めたいのですが、認められますか。
  • 平成20年頃から、家賃保証会社による「追い出し」行為が社会的問題となり、国土交通省から行政指導が行われるようになりました。しかし、設問のケースのような被害は後を絶たない状態にあります。家賃保証会社の方では、許容される自力救済だと主張するのですが、裁判所は甘くはありません。近時、東京地判平24・9・7は、類似の事案につき、次の通り判示しました。
判決内容

「被告会社は、原告からの保証委託を受けて本件賃貸借契約上の賃料等債務を連帯保証している保証会社にすぎないのであって、原告に対し、代位弁済に係る求償権を行使することはできても、本件居室からの退去、明渡しを求めることができる立場にあるわけではない。そうすると、実力をもって原告の占有を排除する行為は、そもそも、被告会社の権利を実現するものではなく、この点で、およそ「自力救済」といえるものですらない。なお、被告らの主張が、「求償債務の増大を防止するための緊急避難」という趣旨をいうものだとしても、これを採用することはできない。すなわり、被告会社は、賃貸人から保証料を得て、賃貸借契約上の賃料等債務の保証を業として行う会社であり、一定割合の賃借人が賃料の支払を滞納し保証債務の履行を余儀なくされるというリスクは、当然ながら、最初から織り込み済みのことである。・・・仮に、当初の予想を超えるような悪質な賃借人に直面することになったとしても、賃貸人に働きかけて、賃貸借契約の解除及び明渡しにかかる権能を発動するよう求めるのが筋であって、そのような方策を取ることができないほどの緊急性があったとは認められない。」
代表取締役は違法な業務執行が行われないよう会社内の業務執行態勢を整備すべき職務上の義務を負っており、その点につき任務懈怠があり、故意又は重大な過失があるとして、個人責任も認定しました。
損害としては、物品の財産的損害として30万円、慰謝料として20万円、弁護士費用として5万円、合計金55万円の賠償を認めました。

35.賃借人の看板設置と建物譲受人からの撤去要求
  • ビルの地下一階を借り飲食店を経営しておりましたが、貸主の承諾を得て、一階の外壁に看板を設置していました。今般ビルが売却され、新所有者から看板の撤去を求められています。応じなければならないのでしょうか。
  • 建物賃貸借契約と建物外壁への看板設置契約とは、別個の契約になっていることが多く、看板の設置自体は、借地借家法31条の「建物」の賃貸借であるということはできないと解されております。しかし、新所有者が無制限に看板撤去要求ができるとしたら、賃借人の店舗営業に支障を来たすことは明らかです。
    近時、最高判平25・4・9は、設問類似のケースにつき、次の通り判示しました。
判決内容

「本件看板等は、本件建物部分における本件店舗の営業の用に供されており、本件建物部分と社会通念上一体のものとして利用されてきたということができる。上告人において本件看板等を撤去せざるを得ないこととなると、本件建物周辺の繁華街の通行人らに対し、本件建物部分で本件店舗を営業していることを示す手段はほぼ失われることになり、その営業の継続は著しく困難となることが明らかであって、上告人には本件看板等を利用する強い必要性がある。他方、上記売買契約書の記載や、本件看板等の位置などからすると、本件看板等の設置が本件建物の所有者の承諾を得たものであることは、被上告人において十分知り得たものということができる。また、被上告人に本件看板等の設置個所の利用について特に具体的な目的があることも、本件看板等が存在することにより被上告人の本件建物所有に具体的な支障が生じていることもうかがわれない。そうすると、上記の事情の下においては、被上告人が上告人に対して本件看板等の撤去を求めることは、権利の濫用に当たるというべきである。」
ビル売買と従前の看板利用について明確な指針を示したものであり、実務上重要な判例といえます。

36.土地使用借権の時効取得
  • 父は祖父の土地の上に建物を建てましたが、父の兄が土地を取得し、そのまま賃料等の対価の支払をすることなく20年以上経過しました。その後、父が死亡して私が建物を相続し、同じ頃父の兄も死亡し、Aが土地を相続しました。私は、土地使用の対価をAに支払うことなく10年以上経過したのですが、今般、Aから突然建物を収去して土地を明渡すよう求められています。応じなければならないのでしょうか。
  • 親族間の土地の使用貸借をめぐる紛争が多発しており、土地使用借権の時効取得が成立するか否かの問題です。
    兄弟間に有効な使用貸借関係が成立している場合、弟が死亡したことにより使用貸借関係は終了します(民法599条)。その相続人が亡父の占有を承継後、同じ態様で占有を継続し、10年間占有を継続した場合、時効取得の要件(民法163条)を満たすこととなり、使用借権を時効取得した可能性があります。
    東京高判平25・9・27は、類似の事案につき次の通り判示しました。
判決内容

「上記認定事実によれば、控訴人は、平成5年6月*日の初男の死亡時に同人による従前の使用収益の形態を変えることなく本件土地の使用収益を開始し、以後本件土地の使用収益を継続してきたものである。したがって、控訴人については、同日以降、使用借権者と同等の使用収益が外形的事実として存在し、かつ、その使用収益は本件土地の借主としての権利行使の意思に基づくものであると認められ、控訴人は、この状況の中で、本件建物について敷地の使用借権があるものと信じ、そう信じることに特段の過失がなく占有を開始し、本件建物の敷地である本件土地を使用借人として10年間占有を継続してきたものであるから、これによって、本件土地の使用借権を時効取得したものと認められるのが相当である。」

37.競売対象不動産の引渡しと暴力団幹部との折衝
  • 担保不動産競売事件において、土地の売却許可決定を受けましたが、隣接地の建物に暴力団幹部が居住し、本件土地の5台分のスペースが駐車場として幹部に賃貸されていることが判明しました。引渡しを求めるのに困難を伴う可能性がありますので、売買許可決定の取消しの申立てをしたいのですが認められますか。
  • 民事執行法75条1項は、買受けの申出をした後、天災その他自己の責めに帰すことができない事由により不動産が損傷した場合には、売却許可決定後であっても、代金を納付する時までに当該売却許可決定の取消の申立をすることができると定めております。
    買受人が引渡しを受けるために、暴力団幹部と折衝する蓋然性が高い場合は、不動産の価値的な損傷があるといえるのでしょうか。
    近時、東京高裁平25・7・12は次の通り判示しました。
判決内容

「同項にいう損傷とは、文言的には物理的な損傷を指すものと解されるが、物理的な損傷以外の理由によって不動産の交換価値が著しく損なわれたような価値的な損傷がある場合を含み、損傷が買受けの申出をする前から存在していた場合であっても買受人が当該損傷を見過ごしたことについて責任がないときには、同項が類推適用される余地があると解される。・・・本件土地の買受人となる者は、本件土地の引渡しを受けるために、A社との交渉に加え、本件隣接地建物の居住者である暴力団幹部等との折衝を含む容易ならざる対応を迫られる蓋然性が高いというべきである。また、本件土地の利用を継続するに当たっても、本件土地隣接建物の居住者または利用者等との関係に一定の配慮をせざるを得ない立場に置かれているというべきであって、合理的な経済人であれば、本件土地の取得を欲しないのが通常であると考えられる。本件土地の価値としても、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律の改正など、暴力団に対する各種の規制が次第に強化される昨今の情勢を踏まえ、本件土地に係る前記の状況や本件隣接地建物との関係も考慮すると、競売不動産特有の各種の制約として競売市場修正を減じだけでは足りない価値の毀損があるというべきであり、売却基準価額について再度の検討が必要であると考える。」
結局、民事執行法75条1項にいう「損傷」に該当すると判断されました。

38.宅地の造成販売業者の責任
  • 宅地の造成販売業を営んでますが、造成工事に欠陥があった場合、直接の契約関係にない建物建築主に対しても損害賠償責任を負うことになるのでしょうか。
  • 最判平19・7・6は、建築した建物について基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合、建物の設計、施工者は、直接の契約関係にない第三者に対しても不法行為責任を負う可能性があることを明らかにしました。
    宅地の造成販売業者についても、同様の責任が発生することが予想されます。
    この点につき、仙台高判平22・10・29は、次の通り判示しました。
判決内容

「宅地上に建築される住宅等の建物は、その建物の利用者等の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないよう建物としての基本的な安全性を備えていなければならないところ、その敷地の地盤の性状がその上に建築される建物の基本的な安全性に大きな影響を与えることは明らかであるから、宅地の地盤は建物の建築に適した強度や安定性を有していなければならず、このような強度や安定性は、宅地としての基本的な安全性というべきである。そうすると、宅地の造成販売を行う者は、宅地の造成販売に当たり、直接の契約関係にない建物建築主等に対する関係でも、当該宅地に宅地としての基本的安全性が欠けることがないように配慮するなど第三者が不測の損害を被ることがないように注意すべき義務を負うと解するのが相当である。そして、宅地の造成販売者がこの義務を怠ったために造成された宅地に宅地としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それによりその土地上に建物を建築した者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、宅地の造成販売者は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該宅地を買い受けたとか、瑕疵の存在を知りながら敢えて対策を講じることなく建築物を建築したなどの特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。」

39.賃料債権の差押え後に、賃貸借契約がその目的物が賃借人への譲渡により終了した場合、取り立ての可否
  • 貸金債権に基づき、建物所有者の賃借人に対する賃料債権を差押えしました。ところが、所有者は、建物を賃借人に譲渡してしまいました。譲渡後に支払期の到来する賃料債権の取立はできないのでしょうか。
  • 継続的給付である賃料債権の差押えの効力は、既に発生している債権のほか、債務者が差押え後に受ける賃料にも及びます(民事執行法151条)。債権を差押えられた債務者は、取立てその他の処分を禁止されます(同法145条1項)。しかし、継続的給付に係る債権に対する差押えを受けた債務者であっても、当該債権の発生原因となる基本的契約関係を変更、消滅させることは制限されないと解されています。
    設問のような賃料債権差押え後に、賃貸借契約が賃借人に譲渡された場合、譲渡後も賃料債権が発生し取立ができるのかどうかが問題となります。
    最判平24・9・4は、原審が、建物所有権の移転前に差押命令が発せられており、賃料債権は第三者の権利の目的となっているから民法520条但書により賃料債権が混同によって消滅することはないと判断したのを破棄し、次の通り判示しました。
判決内容

「賃料債権の差押えを受けた債務者は、当該賃料債権の処分を禁止されるが、その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは、差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなる。したがって、賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は、その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても、賃貸人と賃借人との人的関係、当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして、賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り、差押債権者は、第三債務者である賃借人から、当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。」

40.暴力団員への明渡請求条項と憲法14条1項、22条1項
  • 市営住宅条例で、入居者が暴力団員であることが判明した場合、住宅の明渡しを請求することができると定めることは、憲法14条1項、22条1項違反するのではないでしょうか。
  • 条例で定めるかかる規程は、合理的な理由のないまま暴力団員を不利に扱うもので、憲法14条1項に違反するのではないか。かかる規程は、必要な限度を超えて居住の自由を制限するものであり、憲法22条1項に違反するのではないかとの疑問があります。
    最判平27・3・27は、これらの争点につき、次の通り判示しました。
判決内容

「地方公共団体が住宅を供給する場合において、当該住宅に入居させ又は入居を継続させる者をどのようなものとするのかについては、その性質上、地方公共団体に一定の裁量があるというべきである。・・・暴力団員が市営住宅に入居し続ける場合には、当該市営住宅の他の入居者等の生活の平穏が害されるおそれを否定することはできない。他方において、暴力団員は、自らの意思により暴力団を脱退し、そうすることで暴力団員でなくなることが可能であり、また、暴力団員が市営住宅の明渡しをせざるを得ないとしても、それは、当該市営住宅には居住することができなくなるというにすぎず、当該市営住宅以外における居住についてまで制限を受けるわけではない。以上の諸点を考慮すると、本件規定は暴力団員について合理的な理由のない差別をするものということはできない。したがって、本件規定は、憲法14条1項に違反しない。また、本件規定により制限される利益は、結局のところ、社会福祉的観点から供給される市営住宅に暴力団員が入居し又は入居し続ける利益にすぎず、上記の諸点に照らすと、本件規定による居住の制限は、公共の福祉による必要かる合理的なものであることが明らかである。したがって、本件規定は、憲法22条1項に違反しない。」

41.瑕疵担保責任追及と弁護士費用請求
  • マンション分譲における売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求訴訟を提起したいのですが、これにかかる弁護士費用も損害として加えることができますか。
  • 弁護士に委任するには費用が必要であり、その費用を損害として請求できるかどうかにつき、最高裁は、請求が不法行為に基づく場合には損害に含まれる(最判昭44・2・27)が、請求が債務不履行に基づく場合には損害に含まれない(最判昭48・10・11)という見解をとっている。近時、瑕疵担保責任に基づく請求の場合にも、弁護士費用を肯定する裁判例が増えてきており、福岡高判平18・3・9は、次の通り判示している。
判決内容

「本件のようないわゆるマンション分譲における売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求訴訟は、その責任や損害の有無および損害額に関する主張、立証について、一般的に極めて難しい問題を含んでおり、交通事故訴訟や医療関係訴訟と同様、訴訟の中でも極めて専門性ないし難度の高い部類に属するものであることに異論はないと思われる。本件のような訴訟をいわゆる本人訴訟によって適切に遂行することは、ほとんど不可能に近いといわなければならない。したがって、特段の事情がない限り、売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求訴訟における弁護士費用は、交通事故訴訟や医療関係訴訟と同様、相当因果関係のある範囲において、売主の瑕疵担保責任による損害に含まれると解するのが相当である。」
今後、瑕疵担保責任追及訴訟において、弁護士費用を含んだ訴訟提起が拡大するものと思われる。

42.公正証書遺言での口授
  • 父は脳血管性認知症を患っており、うなずいたり、はいと返事をしたりするのがやっとといった状態です。公正証書遺言を考えているのですが、可能でしょうか。
  • 民法969条は、遺言者は遺言の趣旨を口授することを求めており、公証人が遺言者の口述を筆記して、これを遺言者に読み聞かせ又は閲覧させ、これに署名押印するというのが本来のやり方です。公証人の質問に対し、遺言者が言葉を発せず単に首肯したにすぎないときは口授があったとはいえないとされます。
    近時、大阪高判平26・11・28は、公正証書遺言を口授を欠くことを理由に無効と判断しました。
判決内容

「A公証人が、あらかじめ作成していた遺言公正証書の案を、病室で横になっていた太郎の顔前にかざすようにして見せながら、項目ごとにその要旨を説明し、それでよいかどうかの確認を求めたのに対し、太郎は、うなずいたり、「はい」と返事をしたのみで、遺言の内容に関することは一言も発していない。・・・平成17年遺言当時の太郎は、多発性脳梗塞等の既往症があり、認知症と診断されたこともあり、記憶力や特に計算能力の低下が目立ち始めていたのである。そして、病気入院中で横になっていた太郎が、顔の前にかざされた遺言公正証書の案をどの程度読むことができたのかも定かではない。そうすると、A公証人の説明に対して「はい」と返事をしたとしても、それが遺言の内容を理解し、そのとおりの遺言をする趣旨の発言であるかどうかは疑問が残るところであり、・・・この程度の発言をもって、遺言者の真意の確保のために必要とされる「口授」があったということはできない。」
公正証書の効力が否定された珍しい判例です。

43.賃借人自殺と保証人の責任
  • 賃借人が自殺したので、保証人に対し賃料減額を余儀なくされる逸失利益分を損害賠償として請求したところ、保証人は、保証債務の範囲は、当然予測しうる範囲に限られ、自殺は予測し得ず保証債務の範囲に入らないし、消費者契約法10条に反し無効だと主張してきました。こんな主張が通るのでしょうか。
  • 賃借人が自殺すると、保証人の損害賠償責任が高額化する傾向にありますので、保証人側から、当初から想定していなかったとか、消費者にとって不当、不利益な条項なので消費者契約法10条により無効だといった主張がなされることがあります。
    こうした争点に対し、東京地判平22・9・2は次の通り判示しています。
判決内容

「被告Aは、当事者の合理的意思解釈により本件保証契約による保証債務の範囲は保証人となろうとする者が当然予測しうる範囲に限定され、転借人の自殺は当然には予測し得ず、この保証債務の範囲に入らない旨主張する。しかし、・・・本件保証において、被告Aの保証債務は、被告Bが本件賃貸借により原告に対して負担する一切の債務に及ぶ旨合意されたことが認められる。この合意のとおりに解したとしても、被告Bの原告に対する債務不履行に基づく損害賠償責任に関する限り、債務不履行と相当因果関係のある損害の範囲にその責任は限定されるから、保証人である被告Aの責任が不当に拡大するものとみることはできない。そうである以上、上記のように解したとしても、消費者契約法10条により無効とされることはないというべきである。」

44.スーパーマーケットでの転倒事故の責任
  • スーパーマーケットの経営者ですが、お客さんが店内で突然滑って負傷しました。床が濡れていたわけではなく、滑りやすい床だったわけでもありません。損害賠償請求に応じなければならないのでしょうか。
  • スーパーマーケットの建物は、民法717条の「土地の工作物」にあたりますので、工作物が通常有すべき安全性に関する性状または設備を欠いた場合には責任が発生します。店舗の床の管理に瑕疵があったかどうかがポイントになります。 名古屋地判岡崎支部平22・12・22は、次の通り判示しています。
判決内容

「以上のような床の状況を前提とすると、元々本件店舗の床材は転倒事故を起こしやすいようなものではなく、また転倒現場付近の床は若干水分を含んでいたという程度の状況にとどまるものであったと考えられ、滑り抵抗が常に転倒の危険を生じるほどに低下していたり、あるいは床の他の部分と極端な滑り抵抗の差が生じるような状況にあったとは認められない。そして、本件店舗において他に転倒事故が発生していた形跡が全くないことにも照らすと、転倒現場付近の床が一般的に転倒を誘発するような危険な状況にあったとはいえない。そうすると、本件店舗の床の管理について瑕疵があったとは認められず、また被告従業員において床の管理に関する注意義務違反があったとも認められない。」 店内での転倒事故の場合、管理責任が認められるケースが多いのですが、本件は珍しく否定された先例であり、同種事案の解決につき参考にすべき判決といえます。

45.花押を書いた自筆証書遺言の効力
  • 父の自筆証書遺言書が出てきたのですが、自書の後に普段用いていたいわゆる花押が書かれておりました。押印にかわるものとしての効力があるのでしょうか。
  • 民法968条1項は、自筆証書による遺言は、全文、日付、氏名を自署し、これに印を押さなければならないと定めています。いわゆる花押が書かれることで押印があったとみなしうるかが問題となります。 最判平28・6・3は、次の通り判示しました。
判決内容

「民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書の外に、押印をも要するとした趣旨は、遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ(最高裁昭和62年(オ)第1137号平成元年2月16日第一小法廷判決・民集43巻2号45頁参照)、我が国において、印章による押印に代えて花押を書くということによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。以上によれば、花押を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。」

46.競売建物の現況調査報告書の過誤
  • 収益物件である競売建物につき契約書の賃料額と実際に支払われている賃料額とに齟齬があるのに、その事実は現況調査報告書に記載されていませんでした。執行官による現況調査の違法を理由とする国家賠償請求を行いたいのですが、認められますか。
  • 賃貸借契約書に記載されている賃料につき、当事者間で別途覚書がかわされ、約定賃料額を下回る額の賃料しか実際には支払われていないといったケースがあります。執行官は競売不動産の現況調査に際しては、こうした実態について調査すべきであり、これを怠った場合には、評価人も、建物の収益価格の算出を間違うこととなり、結果的に買受人は損害を被ることになります。 近時、大阪高判平29・1・27は、類似のケースにつき次の通り判示しました。
判決内容

「本件執行官は、本件現況調査において、調査結果の十分な評価、検討をし、本件不動産の実際支払賃料額について調査すべき義務があったのにこれらを怠ったというべきであり、その結果、本件不動産の実際支払賃料額につき、本件現況調査報告書の記載内容と本件不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じたものといわざるを得ない。したがって、本件執行官は、本件現況調査を行うに当たり、目的不動産の現況をできる限り正確に調査すべき注意義務に違反したというべきである。」 そのうえで民事訴訟法248条の「相当な損害額」を判断し、諸般の事情を考慮し、執行官の注意義務違反によって買受人が被った損害として1500万円の国家賠償を認めました。

47.地下壕の崩落による土地建物の損傷
  • 戦時中に旧日本軍が掘削した地下壕が崩落して土地が陥没し、私の建物が傾く被害が発生しました。国に対して損害賠償を求めることができますか。
  • 旧日本軍が掘削した地下壕が民法717条1項の土地の工作物にあたるか。国はその保存に瑕疵があるといえるかが争点となります。 東京地判立川支部平22・11・29は、同種事案につき次の通り判示しています。
判決内容

「以上からすれば、少なくとも本件地下壕のうちE濠は、本件地下壕の建設中止時から本件事故当時までの間、土地工作物であったと認められる。・・・上記のとおり、E濠を含む本件地下壕は被告の命令により建設された土地工作物であるから、被告は、建設工事が中止された際、本件地下壕を占有していたものと認められる。そして、民法717条1項において、土地工作物の占有者に損害賠償責任を負わせた趣旨は、損害の公平な分担という見地から、土地に工作物を設置することにつき一定の利益を有する者に、その工作物から生じた損害を負担させることにあると解され、このような民法717条の趣旨にかんがみると、被告は、本件地下壕を建設した当時、これを占有し、排他的に支配していたにもかかわらず、その使用、管理を単に放棄しただけでその占有者としての責任を免れると解するのは相当でないから、その土地工作物の存在自体が滅失するか、または土地工作物の排他的な支配権を第三者に移転しない限り、被告が民法717条1項の責任を免れることはできないと解するべきである。」 長い年月がたっており、責任追及は無理と思われている方が多いと思います。あきらめることはありません。

48.公売公告前に予定地の看板を設置した市の責任
  • 固定資産税の滞納処分として土地の差押を受けましたが、公売公告前に市が土地に「不動産公売予定地」という看板を設置しました。市に対し慰謝料請求したいのですが、認められますか。
  • 土地所有者の滞納処分という事実は、当人の客観的な社会評価を低下させる事実であり、又個人情報という側面もあり、みだりに第三者に開示することは、違法な名誉毀損行為となり、国家賠償請求の対象となりえます。公売公告前に公売予定地の看板設置を容認する手続規定は存在しません。 類似の事案につき、熊本地判玉名支平28・9・28は次の通り判示しました。
判決内容

「租税の滞納は、人の名誉、プライバシー等に直接に関わる事項であるから、滞納者であってもこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有しているものと解されるところ、日本国憲法の下では徴税の手続は全て法律に基づいて定められていなければならないと解されていることに照らせば・・・地方団体が徴税の手続において法律の規定に基づかずに滞納処分の事実を公開することは、公権力の違法な行使に当たると解するのが相当である。・・・本件看板設置は、地方団体が徴税の手続において法律の規定に基づかずに滞納処分の事実を公開したものであって、公権力の違法な行使に当たるというべきである。」 そのうえで慰謝料20万円、弁護士費用2万円の支払を命じました。

49.生活保護受給者の居住用不動産の売却を求める指導
  • 固定資産税の滞納処分として土地の差押を受けましたが、公売公告前に市が土地に「不動産公売予定地」という看板を設置しました。市に対し慰謝料請求したいのですが、認められますか。
  • 生活保護は、生活に困窮するすべての国民に対して行われますが、生活困窮者が利用し得る資産、能力等を活用することを保護の要件としています。資産には家屋も含まれ、処分価値が地用価値に比べて著しく大きいと認められるものでない限り、居住用家屋の保有が認められています。生活保護法27条1項は、保護実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導をすることができると定めており、本件がその裁量権の逸脱又は濫用にあたるか否かが問題となります。 類似の事案につき、さいたま地判平27・10・28は次の通り判示しました。
判決内容

「法27条1項に基づく指導又は指示は、保護の目的達成のために必要とは認められない場合や、必要と認められる場合であっても、最小限度を超えるものであるときは、違法となるものと解される。・・・本件指導は、原告に対する保護の目的達成のための必要最小限度のものではないか、又はその判断の過程及び手続において原告若しくはその世帯の特殊事情や本件買換えと本件生活保護の申請の経緯等に対する十分な考慮を欠き、社会通念に照らして妥当性を欠いたものと認められることから、違法というべきである。・・・保護の実施機関による指導又は指示が違法なものである場合には、被保護者がこれに従う義務を負うものではないと解すべきであるから、被保護者が当該指導又は指示に従わなかったとしても、そのことを理由として、保護の変更、停止又は廃止の不利益処分をすることは許されず、それにもかかわらずされた当該不利益処分は違法となるものと解される。」

50.相続税節税のための養子縁組
  • 父は相続税の節税になるからと人に勧められて、他人との養子縁組届を市に提出しました。このような縁組は、民法802条1号の「当事者間に縁組をする意思がないとき」にあたり無効だと思うのですが、いかがでしょう。
  • 養子縁組の届出自体について当事者間に意思の一致があったとしても、それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものに過ぎないときは、養子縁組は効力を生じてないとする見解が最高裁で示されております(最判昭23・12・23)。相続税の負担軽減のための便法として、養子縁組が利用されていることをどう評価すべきかが問題です。最判平29・1・31は、原判決(東京高判平28・2・3)が、専ら相続税の節税のための養子縁組は民法802条1号により無効とし判断をくつがえし、次の通り判示しました。
判決内容

「養子縁組は、嫡出親子関係を創設するものであり、養子は養親の相続人となるところ、養子縁組をすることによる相続税の節税効果は、相続人の数が増加することに伴い、遺産に係る基礎控除額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るものである。相続税の節税のために養子縁組をすることは、このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず、相続税の節税の動機と縁組をする意思とは、併存し得るものである。したがって、専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても、直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。」

51.不適合建物の修繕・建替と正当事由
  • 賃貸しているビルが現行の建築関連法令に適合していないのですが、現行法の水準まで高める工事をすることの費用と、今後の建物から得られる収益との対比を正当事由の一要素として、裁判所に判断してもらえる可能性があるのでしょうか。
  • 建築基準法3条2項は、現行の建築関連法令に適合しない建物について、改正法令の施行される前に現存する建物については改訂後の規定を適用しないと定めております。 安全性の観点から重篤な工事を施したり建替えを行ったりする措置をとることは緊急性が切迫しているといえなければ正当事由の積極要因として強く働くものとはいえないとの見方が有力です。建物の安全性が強く要請される傾向が強まっており、裁判所の考え方にも変化が生じており、東京地判平25・1・23は次の通り判示しています。
判決内容

「建築基準法は既存の建物の有効な活用と建物に求められるべき安全性等を総合的に考慮して行政の基準として定められたものであり、賃貸人と賃借人の利益衝量について定めたものでなく、耐震性等の建物の性能については、現行法に適合するように改修することが望ましいことはもちろん、これを満たしたからといって必ずしも万全とも言い難い最低限の水準でもある。以上を踏まえると、現状の耐震性能を前提にこれを現行法の水準にまで高める工事をすることは建物所有者として合理性を有し、これに要する費用と今後の建物から得られる収益の対比を「建物の現況」(借地借家法28条)の一部として正当事由の一要素として判断すべきである。」 注目すべき判断であり、今後の判例の推移を見守りたいと思います。

52.不動産競売手続申立の委任と入札手続
  • 弁護士に不動産競売手続申立事件を依頼したのですが、入札手続を行ってくれず取得の機会を喪失しました。弁護士に責任があると思うのですが、いかがでしょう。
  • 弁護士と依頼者との契約は委任ないし準委任と解されています。弁護士業務においては、委任事項以外にも様々な事務処理が付随しており、これが法的義務と認められるかがポイントとなります。不動産競売手続申立の依頼の際に、入札手続も明確に依頼したのかが問題となります。 類似の事案につき、東京地判平25・4・22は次の通り判示しています。
判決内容

「しかしながら、原告が証拠として提出する本件委任契約の契約書(甲1)においても、被告の受任した事務は本件不動産に係る競売申立事件の処理と記載されているのみであり、一般的にも、競売の申立をした債権者が当然に、当該競売手続において自らが買受人として入札手続に参加するものではないから、被告が本件不動産の競売申立に係る事務を受任したことをもって、当然に同不動産の入札に係る事務まで受任したと解することはできない。これに対し、原告は、本件委任契約を締結する際に自ら本件不動産全部を競落する意向を被告に伝えていたことを理由に被告が本件不動産の入札に係る事務を受任したと主張する。しかし、このようなやりとりがあったとしても、原告と被告との間で本件不動産の入札に係る事務に関して別途委任関係が存在したことを示す書面等の客観的証拠もない以上、原告が前記の意向を示していたことのみをもって、被告が本件委任契約を締結する際に本件不動産の入札に係る事務までも受任したものとは認め難い。」

53.液状化被害とデベロッパーの責任
  • 東日本大震災の影響で浦安市で発生した液状化被害について、大手デベロッパーの責任を否定した裁判例があるとのことですが、詳しく教えてください。
  • この裁判で問題となった土地は、昭和55年に大手デベロッパーが一帯の所有権を取得して70戸ほどの住宅を建築し、昭和56年から57年にかけて販売されたものです。東日本大震災によって住宅が傾くなどの被害が生じたことから、分譲住宅の買主(計36人)は、大手デベロッパーに対して、傾いた建物を取り壊して、液状化対策としてサンドコンパクションパイル工法(強固に締め固めた砂杭を地中に打ち込んで地盤を改良する工法)を施し、再度建物を建てるための費用として、一人あたり約2~3000万円の支払いを求める損害賠償訴訟を提起しました。
判決内容

裁判(最高裁平成28年6月15日判決)では、主に、デベロッパーにおいて液状化被害を防止する措置を講ずる義務に違反したかどうか及び、デベロッパーの責任は時効(除斥期間)により免れるかどうか、が争点となりました。まず、前者の点についてですが、裁判所は、デベロッパーにおいて、昭和56年当時の科学的見解にてらし、最大震度5の地震によって本件分譲地に液状化現象が発生することは予想できたとしましたが、東日本大震災は従前の地震と違って揺れ時間が著しく長く,余震活動も活発であったという特徴があり、その揺れの時間が長いという特徴によって激しい液状化現象が生じたものであり、震度5の地震によって本件分譲地に大規模な液状化現象が発生することは、昭和56年当時予想することができなかったとしました。そのうえで、デベロッパーは、本件分譲住宅において、昭和56年当時、液状化対策として一般的に知られていた鉄筋コンクリートべた基礎を採用していたとして、液状化被害を防止する措置を講ずる義務を履行していたとして、法的責任を否定しました。なお、時効(除斥期間)の点についても、デベロッパーには法的責任はないものの、仮に法的責任があるとして、本件分譲住宅を販売してから20年経てば、時効(除斥期間)により法的責任が消滅するとも判断しました。

54.過去の浸水被害についての説明義務
  • 地下駐車場を運営しておりますが、5年前に集中豪雨のために浸水し、車両に被害が及んだことがあります。借手の募集の際に、過去の被害の事実を仲介業者や利用者に説明する必要がありますか。
  • 賃貸人の説明義務違反が認められるケースが増えておりますが、消費者契約法の事業者としての情報提供義務といった側面からの視点も必要になってきます。類似の事案につき、名古屋地判平28・1・21は次の通り判示しました。
判決内容

「本件駐車場は、本件賃貸借契約の約5年前に平成20年豪雨のために浸水し、駐車されていた車両にも実際に被害が生じているところ、賃貸人であるAは、本件賃貸借契約を締結する際、当該事実を認識していたものである。ところで、地下駐車場が浸水して車両が水没すれば、当該車両の所有者は大きな財産的損害を被ることになるから、地下駐車場において、比較的近い過去に浸水が生じ、駐車されていた車両に被害で発生したことがあるか否かは、当該地下駐車場を賃借しようとする者にとって、契約を締結するか否かを決定する上で重要な事実であるということができる。・・・Aは消費者契約法にいう事業者に当たり、消費者契約である本件賃貸借契約の締結について勧誘するに際しては、消費者の理解を深めるために、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について必要な情報を提供するよう努めるべき立場にあったこと(同法3条1項)等をも考慮すると、Aは、Bにおいて当該事実を容易に認識することができた等の特段の事情がない限り、信義則上、Bに対し、本件駐車場が近い過去に集中豪雨のために浸水し、駐車されていた車両にも実際に被害が生じた事実を、Bまたは仲介業者であるCに告知、説明する義務を負うというべきである。」

55.明示的一部請求と除斥期間
  • 不法行為による損害賠償請求額の一部請求であることを明示して訴訟提起しました。訴額を超える残部についても民法724条後段の20年の除斥期間の満了は阻止されるものと解していいのでしょうか。
  • 多額の損害賠償請求を提起する際、実際の回収見込みを考慮したり、印紙代の節約のため、一部請求に止める場合があります。民法724条後段の20年の除斥期間の満了により請求権が消滅しますが、一部請求を提起した場合、残部についても権利行使の意思を表示したので、除斥期間の満了を阻止できると解してよいかが問題です札幌高判平30・3・15は次の通り判示しています。
判決内容

「民法724条後段の除斥期間の趣旨は、不法行為を巡る法律関係の速やかな確定を図るため、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものであって(平成元年判決)、これによる請求権の消滅を妨げるためには同期間内に裁判上の権利行使をする必要があると解するのが相当である。しかるに、一審原告においては・・・一部請求であることを明示した上で本件訴訟を提起しており、本件残部請求部分について訴えが提起されたとはいえないのであるから、民法724条後段の除斥期間による請求権の消滅を妨げるに足りる権利行使をしていないというほかない。明示的一部請求の残部について裁判上の催告としての効果があるにしても(平成25年判決)、裁判上の請求としての効果は認められないのであるから、民法724条後段の除斥期間による請求権の消滅を妨げるには足りない。」

56.温泉施設の転倒防止等の安全配慮義務
  • 温泉施設を経営しておりますが、高齢女性が浴場入口に足を踏み入れたときに足を滑らせて転倒し、負傷しました。浴場入口に8センチメートルの段差があったこと、床タイルが一定程度すり減っていたことから滑り止めのゴムマットを敷く義務があったのにそれを怠ったと主張されています。浴場入り口のガラス戸に「浴場内はスベリますので、ご注意願います」との掲示をしております。当方に損害賠償責任があるのでしょうか。
  • 温泉施設で入浴者が転倒し負傷した事故について施設側に安全配慮義務違反があるのかが問題となります。類似の事案につき旭川地判平30・11・29は次の通り判示しています。
判決内容

「本件浴場入口には約8センチメートルの段差があるが、段差があるからといって、その段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があるとはいえない。また、床タイルについては、本件転倒事故が起こった時点で、本件施設の開設から約21年が経過しており、本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルが一定程度すり減っていたと考えられるが、床タイルがすり減ったからといって滑りやすくなるとは認められない・・・浴場は、人が体を洗ったり、お風呂に入ったりする場所であるので、その入口付近では、体を洗った際の石鹸水等が流れ込んでくることもあれば、浴場と脱衣所の間の通路のバスマットは、浴場から出て来た人の体に付着した水分を吸い込むことで濡れていることがあると思われるが、浴場施設の利用者としてはそういったことがあることを想定し、転倒しないように注意して行動すべきであって・・・被告に、本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があったとはいえない・・・被告は、本件転倒事故以前から、本件浴場入口側のスライドドアの右側ガラス戸に「浴場内は、スベリますので、ご注意願います。」という横書きの掲示板を、掲示していたことが認められる。そうすると、被告は浴場が滑りやすいことを注意しており、その点に関して、被告には注意義務違反はない。」温泉施設やコンビニ店舗内での転倒負傷事故についてのトラブルが増加しており、参考になる判例といえます。

57.民泊使用と用法遵守義務違反
  • 私所有のアパートの空室2室をAに賃貸し、Aの住居として使用し、使用目的以外の目的で使用しないこと、Aが転貸することをあらかじめ承諾することを定めました。Aは貸室を民泊用に貸し、近隣住民とのトラブルが発生しました。私としては用法遵守義務違反でAとの契約を解除したいのですが、認められますか。
  • 一般住居を民泊として利用するケースが拡大しておりますが、近隣住民との間で様々なトラブルが発生していることが報告されております。転貸を許容していること、民泊使用との関連が問題となりますが、近時、類似の事案につき東京地判平31・4・25は次の通り判示しました。
判決内容

「本件賃貸借契約には、転貸を可能とする内容の特約が付されているが、他方で、本件建物の使用目的は、原則として被告の住居としての使用に限られている。これらによれば、上記特約に従って本件建物を転貸した場合には、これを「被告の」住居としては使用し得ないことは文理上やむを得ないが、その場合であっても、本件賃貸借契約の文言上は、飽くまでも住居として本件建物を使用することが基本的に想定されていたものと認めるのが相当である・・・特定の者がある程度まとまった期間にわたり使用する住居使用の場合と、1泊単位で不特定の者が入れ替わり使用する宿泊使用の場合とでは、使用者の意識等の面からみても、自ずからその使用の態様に差異が生ずることは避け難いというべきであり、本件賃貸借契約に係る上記の解釈を踏まえれば、転貸が可能とされていたことから直ちに民泊としての利用も可能とされてたことには繋がらない・・・前記認定事実によれば、現に、Xハイツの他の住民からは苦情の声が上がっており、ゴミ出しの方法を巡ってトラブルが生ずるなどしていたのであり、民泊としての利用は、本件賃貸借契約との関係ではその使用目的に反し、賃貸人である原告被承継人との間の信頼関係を破壊する行為であったといわざるを得ない。」民泊使用に関する先例として、貴重な判決といえるでしょう。

58.トイレ内の段差と土地工作物責任
  • 67歳の女性ですが、訪れた店舗内の個室トイレに入室しようとしたところ、トイレ内の段差(約10センチメートル)で転倒し、骨折しました。店舗側に土地工作物責任があると思うのですが、いかがでしょうか。
  • 民間施設や公共施設における高齢者の転倒事故が多発しております。土地工作物責任においては、土地工作物の設置又は保存に瑕疵があることを主張立証すれば足り、占有者の方で損害の発生を防止するのに必要な注意をしたことを主張立証しない限り損害賠償が認められることになります。
    トイレ内に約10センチメートルの段差があり、段差についての注意書きの掲示もなかったケースについて、横浜地判令4・1・18は、昭和56年初版の「図解バリアフリーの建築設計」、平成18年発行の「計画設計パーフェクトマニュアル」、同年発行の「建築家のためのバリアフリーの知識」に、トイレには段差を無くすべきとの記載があることやバリアフリー法の趣旨、神奈川県で策定したガイドラインの存在を指摘し、次の通り判示しました。
判決内容

「本件事故があった平成30年当時においては、既に、本件トイレにおける本件段差のような構造が歩行者、とりわけ高齢者等にとって危険であることが社会常識化していたというべきである・・・本件トイレは、本件事故当時、客観的にみて、土地の工作物が通常備えているべき性状、設備、すなわち安全性を欠いており、民法717条1項にいう設置に瑕疵がある土地の工作物であったというべきであるから、本件トイレの占有者である被告としては、本件店舗についてバリアフリー法等の適用がないとしても、本件トイレの利用者が本件段差で転倒し傷害を負うような結果とならないよう、トイレ扉等本件トイレ利用者の目に入る場所に本件段差についての注意書きを張ったり、本件トイレに向かう利用者に口頭で注意喚起をしたりするなどの、適切なオペレーションをすべきであった・・・にもかかわらず、本件で、被告においてそのようなオペレーションをしていたことを認めるに足りる証拠はない・・・のであるから、被告には同条項による土地工作物責任が認められ、原告に生じた損害を賠償する責任がある。」

59.法人の善意・悪意の判断
  • 法人が売主となった土地売買契約で、後に地中障害物が埋設されていたことが判明しましたが、売主は瑕疵担保責任免除特約を主張し、買主は売主法人の悪意があったとの主張をしています。障害物の埋設は売主法人の先代社長が行なったのであり、売買当時の代表取締役である息子は知らなかったことが判明しました。法人の善意・悪意の判断は、誰を基準にどのように行なわれるのでしょうか。
  • 法人である売主の瑕疵担保責任につき、法人の善意・悪意の判断が争点となった場合、売買契約時点の代表者や代理人の主観的態様が決め手となるのですが、本件のように先代の代表者等が瑕疵の原因に関与したケースにおいて、法人の悪意を認定できるのかが問題です。
    類似の事案において、東京地判平29・10・27は次の通り判示しました。
判決内容

「法人の善意又は悪意は、原則として法人の代表者又は代理人を基準として判断すべきものである。しかしながら、民法101条は、代理人による意思表示においては、善意又は悪意等は代理人について決するものとしつつ、代理人が本人の指図に従って法律行為をしたときは、本人は、自ら知っていた事情について代理人が知らなかったことを主張することができない旨を定めており、その趣旨は、代理人による意思表示がされた場合の善意又は悪意は、意思表示の内容を決定した者について判断するとしたものと解される。このような同条の趣旨に鑑みれば、法人の善意又は悪意を判断するに当たっては、法律行為が行われた時点の法人の代表者や代理人に限らず、当該法律行為の意思決定に重要な影響を及ぼした者の主観的態様をも考慮するのが相当である。」
結局、創業者であった先代社長の主観的態様も考慮すべきとし、売主の法人の悪意を認めることになりました。

60.リフォーム追加変更工事の代金額 New!
  • リフォーム工事をお願いしましたが、契約書も見積書もないまま、最終的に追加変更工事として多くの項目が請求されました。頼んでいないものも多く含まれ困惑しています。裁判になった場合、どのような基準で判断されるのでしょうか。
  • リフォーム工事に伴うトラブルが多発しており、追加変更工事ということで多額の請求がなされ、契約の成否が問題となるケースが相次いでおります。契約の成否について一般的な基準を示して請負業者の請求の大半を否定した判例があります。
    大阪高判平31・4・25は次の通り判示しています。
判決内容

「本件工事のような建物のリフォーム工事においては、その性質・内容に照らし、当初の請負契約が締結された後に、当初は予定されていなかった別途工事が必要となったり、工事内容を変更する必要が生じたりすることは通常あり得ることであり、また、注文主の希望等により材料や工法等が当初の契約内容から変更されることも稀なことではないと考えられる。そうした追加変更工事が当初の請負契約に含まれない別個の追加変更契約によるものと認められるか否か、また、追加変更工事によって工事費に増額又は減額が生じた場合、これを請負代金額にどのように反映させるかについては、契約当時者簡の合意に基づいて決せられることになるが、当該合意内容が必ずしも明確でないときは、当初の請負契約の合意内容及び当該追加変更工事の内容等のほか、同工事を実施することになった理由、同工事を巡る当事者間のやり取り及び同工事に要する費用等の諸事情を基に、当事者双方の意思を合理的に解釈してこれを決するのが相当である。」